My dear baby bird
―3―
202号室には夏組がそろっている。椋は発売されたばかりの少女漫画を読んでいるし、幸はノートにアイディアをメモしている。
三角は集めたサンカクの整理をしていて、九門はそれを見ながら最近おススメのスーパーフードの話をしている。天馬は黙々と台本を読んでいた。
椅子に座ってパソコンに向かっていた一成は、顔を上げてその光景を見つめている。
天馬の別荘から帰ってきて以降、夏組は大体202号室に集まっている。特別何かを約束したわけではないけれど、気づいたら自然とそうなっているのだ。
その理由を一成は当然理解しているので、最初は何だかむずがゆい気持ちになっていた。みんなといることが嫌なわけではないし、一緒にいられるのは素直に嬉しい。
だけれど、あまりにも真っ直ぐと「大事だ」「大切にしたい」という感情を向けられると照れてしまうのだ。
ただ、そういうものを表に出さないことは得意な性分だったし、そもそも嫌がっているわけではないから、困っているわけではない。
(何か段々慣れてきたしねん)
戸惑いがまったくなかったわけではない。出かける前や帰宅時のハグなどは、一成自身スキンシップが多い人間だから素直に受け入れた。
むしろ、渋りそうな天馬や幸が何の気負いもなく、人前だろうと何だろうと抱きしめてくれることのほうが意外だったくらいだ。
当然嬉しいので、一成は「ラッキー」と思いつつ、夏組とのハグを楽しみにすらしていた。
いつでもどんな時でも、一成の姿を探して一緒にいようとしてくれることも、比較的すぐに受け入れた。
一成のいない世界を確かに生きた彼らだからこそ、ここにいるのだと確認したいのだろう。消えていないのだと、ちゃんとここに生きているのだと。
夏組を安心させたいという気持ちは一成も持っているし、一緒に過ごす時間が大切であることは同じだ。
ただ、日常生活においてもあれこれと世話を焼こうとするのは予想外だった。
身体的に怪我をしているとか介助が必要というわけではないから、何だって一成は一人でできるのだ。だけれど、夏組は一成の世話を焼きたがる。
普段の生活において何だってやってやりたいとでも言いたげな様子にはさすがに戸惑った。だって別に、普通に一人でお風呂には入れるし、食事の準備だって買い物だってある程度の戦力にはなれる。
しかし、夏組はそういう全ての行為を何だかやたらと心配した面持ちで見ているのだ。
日常生活を普通に送る上で、一成を傷つけるものがないかとあらゆることに目を配ろうとしている。それは、一成が死んだ過去に起因していることくらいわかっていた。
ただいつもの通り生活しているはずだった。特別なことをしたわけでもないし、危険なことに自ら首を突っ込んだわけでもない。
それなのに、一成は事件の目撃者となって最後には殺された。どこかにそんなきっかけが潜んでいたらどうしたらいいのか、と夏組は思っているのだ。
その不安を理解しているから、戸惑いはしたものの、一成はおおむね夏組の世話を受け入れている。
少しずつ時間を重ねれば、不安はゆるやかに溶けていくはずだ。大丈夫なのだと心に落としきるまでは、甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは自分の役目なのだろうと思っていた。
とは言え、慣れないことは慣れない。
ハグすることや一緒にいることは慣れても、小腹が空きそうな時間帯を見計らっておやつを用意してくれることだとか、お風呂上りにはあらゆるケアをしようとすることだとか、学校への送り迎えまでしたがることは、未だに慣れない。
最初の内は、それこそ「外に出かける」という行為自体をやたらと心配して、絶対に夏組がついてきていたくらいだ。
当然通学にもそれは適用されるので、夏組は真顔で「どうすれば通学の送り迎えをできるか」と真剣に検討していた。
どう頑張っても学校がある限り無理なので休むしかないのでは、と言い出した時はさすがに止めた。オレのせいで学校休んだらオレが泣いちゃうよ!?と言ったら、一応考え直してくれたので一成はほっと安堵したものである。
結局、唯一自由な時間が取れる三角が送り迎えの大半を担っている。とは言え、三角も終始暇なわけではない。
そんな時は同じ大学に通う万里に話が回るので、一成は心から思っている。セッツァー、本当ごめん。色々めっちゃ奢る、と。
当の万里は元来面倒見のいい人間なので、何だかんだでその役目を請け負ってくれてはいるし、理解もしてくれている。
一成が襲われたことがよっぽどトラウマになってるんだろうな、と言って、この行為は夏組の傷を癒すために必要なことなのだと思ってくれていた。
ただ、それなら同じように襲われた天馬にはなぜ発動しないのか、と不思議がってはいた。
確かに、事実だけを並べてみれば犯人に襲われたのは一成だけではないし、天馬もその対象だ。にもかかわらず、夏組の過保護っぷりは一成だけに発揮されていて、天馬はあくまでも一成を庇護する側なのだ。
理由は簡単で、夏組は一成が実際に死んだことを知っているからだ。
もちろん、天馬自身への心配も気遣いもある。襲われたことで精神に不調を来たす可能性も考えられたし、その辺りは天馬の両親も考慮しているのだろう。天馬は周囲からの要請で、月に一回ほどカウンセリングに通っている。
しかし、当の本人は強がりでも何でもなく襲われたこと自体は事実として認識しつつも、恐怖の類は感じていないらしい。一成が死ぬこと以上の恐怖なんてないからな、というのが本人の弁だ。
時々二人きりになった時、天馬は真っ直ぐと愛情を向けてくれる。
外出する時のハグとは別の種類の熱を伴って、一成の体を抱きしめながら天馬は言うのだ。お前がいなくなることが一番怖い。一成が生きてるって、たくさん確かめさせてくれ。
そう言って抱きしめられて、頬や指先に触れられる度一成の心臓は驚くくらいの速さで脈打つ。顔も真っ赤に染まっているし、どういう顔で天馬と向き合えばいいのか、未だにわからない。
だけれど、天馬がこの上もなく幸せそうでいてくれるので、一成はなんだかいつもふわふわとした気持ちになっている。
そんな風に天馬からの愛情を受け取れることを嬉しいと思う。だけれど、未だ根底にあるものは一成が死んだという事実なのだということは、一成自身よくわかっている。
恐らくそれは夏組にとっても同じなのだ。だからこそ、過保護とも言えるほどに一成のことを心配して、いつだって目の届く範囲にいてほしいと願っていて、何かあったらすぐに駆けつけようとしてくれる。
その様子を指して、東は「雛鳥を守る親鳥みたいだね」と言っていたらしい。
一成はどちらかと言えば兄気質だし、誰かを大切にすることのほうが得意だ。
だから、こんな風に何もかもから守っていこうとするみたいな、それこそ雛鳥を守るみたいな愛情はくすぐったいし落ち着かない。それでも決して嫌なわけではないし、嬉しいとも思う。
まあ、若干行き過ぎではと思うこともあるけれど。
この前は、中庭でスケッチに没頭しすぎて、薄着だったこともあってちょっと鼻声になったら即刻夏組が集まってきた。
さらに、「体には気をつけろ」「一成は死んでた自覚がない」と言われて、一成は思わず「ないよ!?」と突っ込んだ。
二つの記憶を持つ夏組と違って、一成は自分が死んだ時の記憶がないのだ。当然自覚はない。というか普通の人間には死んでた自覚は発生しない。
とは言え、夏組の真剣さはよく知っているので、持ってこられたパーカーだとかネックウォーマーだとかをありがたく受け取り、体を温めるお茶も飲んだし、その日は早めに寝たけれど。
夏組は一成の健康には本人よりも過敏だ。病弱なわけでもないし、すぐ倒れるほど体力がないわけではないけれど、どうしてなのかはよく知っている。
だから一成は、行き過ぎでは、と思うものの受け入れている。だってきっと自分が逆の立場ならそうするだろうし、夏組みんなが向けてくれる気持ちを大切にしたいと一成だって思っているのだから。
「はあ~、すっごくよかった……」
ぱたん、と漫画を閉じた椋が心から、といった調子で言葉を落とす。今日発売の少女漫画は、椋のお気に召したのだろう。
すい、と視線を上げると夏組の様子を見つめていた一成と目が合う。椋はぱっと顔を輝かせて口を開いた。
「カズくんもこの漫画読んでたよね。えっと、最新刊なんだけど、どうかな?」
「ベリサン! 読む読む~!」
確かに一成も続きを追っている漫画だったのでそう言えば、椋は嬉しそうにうなずいた。ただ、時計へ目を向けるとはっとした顔で言う。
「そうだ。そろそろ、臣さんがケーキ焼けるって言ってたんだった」
「あ、オレも聞いた~! サンカクのケーキかな?」
三角がニコニコと言って、椋が力強く「きっとそうです!」とうなずく。それから、自然な動作で立ち上がるとキッチンからケーキを持ってくると言う。
確かに、そろそろ小腹が空く時間帯であることは間違いないし、恐らくそれを念頭に置いての台詞なのだろう。
一応、一成は自分も手伝いに行こうかと言うけれど、いつも通り「カズくんは待っててね!」と言われるだけだった。
三角も「かずのぶんは、オレたちがちゃんと持ってくるよ」と朗らかだ。残っている幸や九門、天馬も当然一成に仕事をさせる気はなかった。
「そかそか。じゃあ、待ってるねん!」
軽やかに一成は答える。そうすれば夏組が喜んでくれることも知っていたし、こんな時間を積み重ねてきっと自分たちは進んでいくのだろうと思いながら。
そうしていつか時が来たなら、今日までの分を含めて夏組のみんなをめいっぱいに甘やかすのだと思いながら。
END