夜明けまでのエトランゼ 13話
一成のスケッチブックを持って、天馬は三角のもとを訪れた。中には完成した線香花火の絵が描かれている。
いつもの習慣で、今日の三角形としてフルーツサンドを持ってインターホンを押せば、三角が飛び出してきた。土産を渡すとぱあっと顔を輝かせる。一緒に出てきた円に「あとでみんなで食べようね」とにこにこフルーツサンドを渡したあと、「それじゃ、おさんぽ行ってくるね!」と言って歩き出すので、天馬もあとに続いた。円は「いってらっしゃい、兄さん」と送り出してくれるので、どうやら天馬への警戒心は解かれたらしい。
街中の三角形を見つけながら辿り着いたのは、この前とは別の公園だった。もっと大きくて芝生もあり、空が広々として気持ちがいい。ベンチに腰掛けると、「ここも好きなところ! てんま、気に入った?」とにこにこしているのは、天馬に自分のお気に入りを紹介したかったのかもしれない。
天馬はその気持ちにお礼を言って、確かにいいところだな、と告げる。三角は嬉しそうに笑った。その様子を見つめた天馬は、三角の隣に腰掛ける。深呼吸をすると、天馬はあらためて「一成に会ってほしいんだ」と言った。
三角が困ったような表情を浮かべる理由なら、わかっている。ただ、ここで止まるわけにはいかない。「病院に行ってほしいわけじゃない」と続けると、三角は明らかに戸惑った。それも当然だろうし、これからさらに困惑させることを言うのだ。理解していても、天馬は事実を告げると決めている。
「信じられないのはわかってる。斑鳩に会ってほしいのは、学校にいる一成なんだ」
そう言って、一成が意識だけの形で旧校舎にいることを告げる。
転入してきて出会ったこと。一成と一緒にいると、それまでの無味乾燥の日々が色づいたこと。真っ直ぐ天馬を大事にしてくれるのが嬉しかったこと。一成の力になりたいと思って、心残りだった三角をずっと探していたこと。その結果として、今この時間があるのだ。
三角は天馬の言葉に、何かを言おうとしたのだろう。口を開くけれど、結局声になることはなかった。突拍子もないことを聞かされて、どう答えればいいのかわからないのかもしれない。それとも、どんな理由だったとしても一成に会うことはできないと思っているのかもしれない。三角はずっと自分を責めているのだ。たとえどんな状況の一成だったとしても、「会ってほしい」と言われてもうなずけないのかもしれない。自分のせいで一成は事故に遭ったのだと心から思っているのだから。
それなら、と天馬は思う。言うべきことなら知っている。伝えたいことは、届けたいものは。
「斑鳩のせいじゃないって、一成だって思ってる。これがその証拠だ」
きっぱり言った天馬は、スケッチブックを開いて三角に渡した。
色鉛筆で描かれるのは、やさしい夜のワンシーン。線香花火の絵だ。濃淡のある夜に灯るのは、やわらかな光の花。オレンジや黄色の光があざやかに散って、夜にきらめく。見る者の心に明かりを灯すような絵だった。
恨みや憎しみから描かれたものであるはずがないと、絵の全てが告げている。何もかもをやわらかく包むような、夏の夜だ。やさしさにあふれた絵であることが、そこかしこから伝わってくる。
さらに、絵の余白には「すみーへ。花火がやりたいね」と書かれている。一成から三角への確かなメッセージだ。それを見つめた三角は、ぽつりとつぶやく。
「――かずの絵だ。かずの字だよ」
スケッチブックを受け取った三角は、泣きそうな顔で天馬を見つめた。震える声をしていた。天馬は何もかもを肯定するように、力強くうなずいて言った。
「なあ、斑鳩。一成に会いにきてくれないか」
一成は旧校舎から動くことができない。だから、二人が顔を合わせるために、どうか会いに来てほしい。切実な響きで訴える言葉を、三角はじっと聞いている。
葛藤していることは天馬にも伝わってきた。意識だけの一成が旧校舎にいて会いたいと言っているなんて、とうてい信じられる話ではない。たとえ目の前の絵や字が一成のものだったとしても、何か裏がある可能性だって否定できない。それに、三角の後悔や罪悪感が全て消え去ったわけではないだろう。わかっているから、天馬はさらに言葉を継ぐ。
「オレのことは信じられなくてもいい。だけど、一成のことなら信じられるだろ? この絵だけは信じてほしいんだ」
その言葉に、三角ははっとした表情で天馬を見た。それから、手の中のスケッチブックを抱きしめると、あえぐように言った。
「かずと、花火がしたいねって言ってた。夏になったら一緒に花火をしようねって。秋も冬も楽しいことをして一年を過ごして、それで、一緒に卒業しようねって約束してたんだ。それなのに、かずが目を覚まさなくて学校に行けなくなっちゃった。だから、オレだけ学校には行けないって思って……」
震える言葉に、天馬は三角が学校へ来なくなった理由を知る。三角は一成との約束を守りたかった。自分のせいで事故に遭ってしまったと思っている友達との約束を果たしたくて、学校へ行かないことを選んだ。
やさしい二人だ。三角も一成も、人の心に寄り添って行動できる。誰かのためにと自分の持っているものを差し出すことを厭わない。そんな二人が、このまま離れ離れになっていいはずがないと天馬は思う。一成のために、三角のために二人は会わなくちゃいけない。その気持ちのまま、天馬は言った。
「誰かのせいだとか、オレが嘘を吐いてるかもしれないっていうのは、今だけは置いておいてほしい。斑鳩が会いたいと思っているなら、うなずいてくれないか」
心からの願いだ。切々と語られる言葉は、真っ直ぐ三角に届く。もともと、天馬の本気を疑ってはいなかった。何より、三角の答えなんて一つだった。だってずっと会いたかった。大事な友達はずっと大事なままなのだ。
だから三角は、天馬の言葉にこくりとうなずいた。