「Hello, princess!」シトロン:商店街へおつかい(10歳未満・小学生)
食パン、一つ。コロッケ、四つ。おかあさんに言われたことを、何回も繰り返す。しょくぱんひとつ、ころっけよっつ。呪文みたいに言いながら、少し駆け足になった。リュックには、お金の入ったおさいふも一緒だから、落とさないように気をつけなくちゃ。
買い物に行くのは、家の近くの商店街。おかあさんと何回も行ったことあるけど、一人で行くのは初めて。お店がいっぱいあって、いつもお祭りみたいで好き。だけど、おかあさんと一緒じゃないからドキドキする。ちゃんと買ってこられるかな。
ついてきてもらったらよかったかもって、思った。だけど、ぶんぶん首を振る。おかあさんは、お仕事とか家のこととかで忙しいし、ゆーちゃんのお世話もしなくちゃだもん。おねえちゃんだから、わたしがしっかりしなくちゃ。
それに、明日はずっと遠くに行ってたおとうさんも帰ってくる。商店街のコロッケ、おとうさんも大好きだから、買ってきたら絶対喜んでくれる。うれしいって言って、もしかしたら一人で買いものできてえらいってほめてくれるかも。
そう思ったら、ちょっとこわかったのもなくなっちゃった気がする。赤信号はちゃんと待って、青になったら右と左をかくにん。だいじょうぶだったから、商店街まで走っていった。
商店街は今日もいっぱい人がいる。入り口に立って、リュックからおさいふを出した。お姫さまのミイちゃんが描いてあってかわいい。なくさないように、両手でぎゅっと持った。
最初に行くのはパン屋さん。おはしを持つほうにあるよって言われたから、一つずつかくにんしながら歩く。パン屋さん、パン屋さん。赤いかんばんが目印。おかあさんと何回も行ったことあるからだいじょうぶ。
コンビニ、くすり屋さん、時計屋さん、洋服屋さん……。一つずつ見ていく。そしたら、ミイちゃんの絵が見えた。本の表紙みたいって思ったら、本屋さんの前だった。お店の外にある本棚に、本がたくさん置いてある。その中の一冊。
白いネコのミイちゃんは、いつもチューリップのお花を持っている。絵本とかノートとか、いっぱい買ってもらったけど見たことのないミイちゃんだったから、よく見たくて本棚から取った。いつもマーガレットを持っている、お友達でウサギのルルも描いてあるけど、やっぱり見たことない絵だった。
いいな、かわいいな。これがおうちにあったらすごくうれしいな。ほしいなって思って、ずっと見てたけど。今日はおつかいにきたんだ!って、思い出して本を置いた。パン屋さんに行かなくちゃ。
おはしを持つほうって思いながら歩いたら、すぐ赤いかんばんを見つけた。いつも来てるパン屋さん。食パンを一つって思って、お金はちゃんとあるかな?ってリュックを探した。500円玉が二枚入ってるって言われて渡された、お気に入りのおさいふ。
いくら探しても見つからなくて、アレッて思った。だけど、なくさないようにってリュックから出したんだって思い出した。落としちゃだめだから、両手でぎゅって持ってたんだ。
でも、手の中はからっぽだった。
あれ。おさいふは? なんで持ってないんだっけ――。どうしてだっけって考えて、本屋さんの前で本を持ったことを思い出した。あのとき落としたのかも!
急いで本屋さんの前に戻る。ミイちゃんの本が置いてある本棚の前。道路に落ちてるかもって思ったけど、どこにもおさいふはなかった。
どうしよう。心臓がドキドキする。お金がないと、何にも買えない。おかあさんのお手伝いができない。おねえちゃんだからちゃんとできると思ったのに。おとうさんの大好きなコロッケも買えない。おねえちゃんなのに。がっかりちしゃうかも。だめな子って思われるかも。
じわ、と涙が出てくる。泣いちゃいたかったけど、それよりおさいふを探さなくちゃ。ごしごし目をこすって、しゃがんで本棚の下を見た。もしかして、落ちてるかも。
だけど、どこにもなかった。道路とかを見ても、おさいふは全然ない。ぎゅっと心臓が痛くなる。どうしよう。こすっても、こすっても、じわじわ涙が出てくる。どうしたらいいかわからないでいたら、声がした。
「どうしたネ?」
後ろから話しかけられて、びっくりして涙が引っ込む。後ろを見たら、ふしぎな人がすぐ近くにしゃがんでいた。
金色より暗い感じの髪で、灰色の目はやさしそう。他の国の人なのかなって思ったのは、そういう感じの服を着てたから。マント?みたいなのも着てて、お話に出てくる魔法使いみたいなおにいさんだった。
「おお、おっきな目がうるうるダヨ~! どこか痛いネ? それとも、悲しいことがあったネ?」
おにいさんは、大きいけどやさしい声で、心配そうに顔をのぞきこむ。灰色の目。何となくおかあさんを思い出して、ぶわっと涙が出てくる。何を言ったらいいかわからない。でも、思ったことがみんな声になった。持っていたはずのおさいふがなくなったこと。おつかいを頼まれたこと。たぶん本屋の前でなくしたこと。
浮かんだ順番で言ったことを、おにいさんはちゃんと聞いてくれた。時間はかかったけど、涙も少しずつ引っ込んで、最後までちゃんと聞いてくれた。それで、「なるほどダヨ!」とうなずくと、ぱっと笑って言った。
「それなら、確認してみるのが一番ネ! もしかしたら、拾った人が本屋さんに届けてるかもしれないヨ。ちょっと聞きに行ってみるネ?」
そう言って、本屋さんを指さした。もしかして、一緒に行こうって言ってるのかな、と思った。だから「うん」ってうなずこうと思ったんだけど。
おかあさんが「知らない人についていっちゃだめだよ」って言ってたのを思い出した。おにいさんは、こわい人じゃないと思うけど、おかあさんの言ったことをなかったことにしちゃっていいのかな。だめかも。そう思って固まっていたら、おにいさんはちょっとだけ黙ってから、楽しそうに笑った。
「知らない人についていったらだめネ?」
「――うん。おかあさんが、だめって。ごめんなさい」
「謝らなくて平気ヨ。おかあさんの言いつけをちゃんと守る、とってもやさしくて、いい子ってことネ~!」
おにいさんは、にこにこ、嬉しそうに言った。本当は怒ってるとかじゃ全然なかった。せっかく言ってくれたのに、いいのかなって思ってたからほっとした。
「それじゃ、ワタシがちょっと聞いてくるネ。だから、どんなおさいふか聞かせてほしいヨ」
「うん。あのね、お姫さまのミイちゃんのおさいふなの」
そう言って、本棚の本を指す。表紙のミイちゃんはお姫さまじゃないけど、わかるかな。おとうさんは、他の子とよくまちがえちゃうんだけど。その人は表紙をじっと見てから、「おお、ミイちゃんのお姫さまバージョンネ!?」と嬉しそうに言った。
「わかるの?」
「アニマルフラワーシリーズは、かわいくてデザインセンスも抜群、アニメも面白いと評判ネ! 特に、春の花チームがお気に入りヨ」
そう言って、「他のチームもみんなかわいいけど、春は特別ネ」って笑うから嬉しくなった。だって、一番好きなのがおんなじだったから。
「うん! 春のお花、みんなかわいくてきれいで好き!」
他のチームも好きだけど、一番お気に入りは春だったからそう言った。そしたら、その人は「本当ネ?」とにこにこしている。だから、もっと嬉しくなって聞いた。
「わたし、ミイちゃんが一番好き! おにいさんは?」
「ワタシはウサギのルルが好きヨ。とってもお友達想いで、やさしいウサギさんネ」
にこにこそう言うから、「うん!」ってうなずいた。ミイちゃんとなかよしだし、ルルも大好き。おにいさんはわたしの話を聞いてから、胸を叩いて言った。
「大事なおさいふネ。ミイちゃんのおさいふ、必ず見つけるヨ!」
そう言って笑うおにいさんは、やさしくてあったかくて、何だか春みたいって思った。