Live, Love, Laugh, and be happy!
撮影待ちの楽屋で、天馬はスマートフォンを取り出した。メモ帳を起動して、内容へ目を通しながら広げたノートにペンを走らせる。
待ち時間は長くなりそうだと井川から聞いていた。楽屋は個室で、他に人はいないし、集中するにはちょうどよかった。
そう判断した天馬は、真剣な面持ちでノートと向かい合っている。
まだ完成には程遠いけれど、少しずつ形作られていくのは結婚式のパーティーで催される余興だ。ゲストからの余興ではなく、天馬と一成がメインになる。参列してくれるカンパニーメンバーを楽しませたい、と一成は張り切っていたし、天馬も異論はない。
一成は、あれこれと余興のアイデアを出していて、最終的に「やっぱりこれっしょ!」と言って天馬に提案したのはメモリアルバック。天馬はその脚本を任されている。
メモリアルバックは、思い出を再現する芝居である。結婚式の余興として、二人の出会いや印象的なエピソードについて、役者が演じるのが一般的だ。結婚に至るまでの軌跡を、演劇という形でゲストへ披露できるということで人気がある。
天馬がその存在を初めて知ったのは、MANKAI寮で過ごしていた時代だ。九門や東たちが披露宴で演じることになり、「そんなものがあるんだな」と思ったことを何となく覚えていた。
一成は「オレらの余興なら、やっぱり芝居したいじゃん?」と、楽しそうに言った。天馬も同じ気持ちだったし、自分たちの式だというなら確かにこれ以上ふさわしいものはないだろうと思ったのだ。
そういうわけで、天馬はメモリアルバックの脚本を書いている。
もっとも、二人ともアドリブには強いし、自分たちを演じるのでその場のノリでもある程度の形にはできるだろう。そこまで明確な脚本がなくても、問題はないと言える。
とはいえ、おおまかな流れを決める必要はある、というのが二人の見解だったので、「オレが書く」と天馬が手を上げたのだ。
一成の方が仕事の配分は明らかに大きかったから、やることを増やしたくなかった。それに、普段は演じる側だからこそ、制作側に回ってみたいという思いもあった。脚本を書く、という行為は今後の糧にもなるはずだ。何より、二人で作り上げる式なのだから、自分も積極的に関わりたいと思っていたのだ。
やると決めれば、天馬はいつでも全力だ。
脚本の書き方は一通り勉強したし、綴にもアドバイスをもらった。空き時間を見つけては、スマートフォンに書くべきことをメモしていた。初めて出会った時のことから恋人同士になってからのこと。思いつくエピソードがメモには記されているから、取捨選択して脚本にまとめていくのだ。
天馬とて、照れくさい気持ちはある。なにせ、自分たちの恋愛模様を赤裸々に語るのだ。カンパニーメンバー相手に、恋の話をしたことなんて数えるほどしかなかったから、恥ずかしさは消えない。それでも、天馬はとっくに腹を決めていた。
一成が心底嬉しそうに「めっちゃ面白そう!」と、楽しみにしているから叶えてやりたい、というのが一つ。もう一つは、結局の所天馬だって盛大に惚気てみたかったのだ。
恥ずかしくて照れくさくても、こんな風にたった一人を大切にしてきたのだと、声を大にして言いたかった。普段なら尻込みしてしまうことだって、結婚式という舞台であれば堂々としていられる気がしたのだ。
迷いを吹っ切った天馬は、過去の出来事もそのまま脚本に落とし込む。
夏組と出会った当初の自分を思い起こすと羞恥でのたうち回りたくなるけれど、きちんと「オレサマ天馬様」として描写するつもりだ。夏組は全員本人役で出演する約束は取りつけているし、面白がってくれるだろう。
一成に対する「薄っぺらいトモダチ」発言辺りは、天馬も多少ためらった。もう一度一成を傷つけてしまうんじゃないか、と思ったからだ。
ただ、当の本人が「そこはちゃんと入れないとじゃね?」と言うし、天馬も自分のしでかしたことは受け入れるつもりだったから、その場面も脚本に入れるつもりだ。
(――こんな日が来るなんて、思ってもみなかった)
夏組オーディションのシーンを文字にしていた天馬は、手を止めて思った。
MANKAIカンパニーで過ごした日々は、いつだってあざやかに脳裏へよみがえる。その中の、最初の場面。偶然春組の公演を見たこと。舞台の上の輝きが忘れられなくて、意を決して夏組オーディションに訪れたこと。そうして出会った、一生大切にしたい人たち。
小さな劇場で初めて顔を合わせた人たちは、天馬にとってかけがえのない存在になった。そして、その中の一人と恋に落ちて同じ気持ちを交わし合い、未来までともに歩くことを誓った。
こんな未来、天馬は一つだって想像していなかった。
一成の第一印象は、やたらと馴れ馴れしくて軽薄な人間。ちゃらちゃらしていて、芝居だって適当にこなすだけだと思っていた。
絶対に相容れないし、親しくなるわけがない。友達という言葉は嬉しかったけれど、芸能人だからってミーハーな気持ちで言っているだけだ。
そう思っていたから、不信感とマイナス感情しかなかったのに。
少しずつ、一成のことを知っていく。
人のことをよく見ていて、決して他人を不快にさせない。傷つけることのないよう、細心の注意と軽やかさでやさしさを与えてくれる。本当はとても真面目で、真摯に人と向きあってくれる。
そんな一成だからこそ、一成の言葉は嘘やおためごかしじゃなかったと理解した。心から、一成は天馬を友達だと言ってくれていた。
何より、やわらかな心で天馬の物言いも受け止めて、笑っていてくれる。本人は否定できないことを弱さだと言うけれど、それに助けられたことを夏組はみんな知っている。
軽やかに、光を掲げて笑ってくれること。たくさんの選択肢の中から、いつだって笑うことを選んだ一成の強さ。天馬はずっとそれを尊敬している。
(好きだって言われた時の笑顔も、きれいだった)
思い浮かべたのは、カンパニーのバルコニーで思いを告げられた時のことだ。いつもよりしんとした空気で、静けさをたたえたまなざしで、一成は言ったのだ。「テンテンが好きだよ」と。それが、友達としての好意でないことくらい、天馬もすぐにわかった。
浮かべられる笑みがあんまりきれいで、天馬は息を止めた。
触れたら消えてしまいそうな儚さと、どこまでも透き通る純粋さと、きらきらとまばゆい輝き。全てを抱きしめるようなほほえみはあまりにもきれいで、天馬から呼吸も言葉も奪った。
ただ、答えは体が知っていた。だって、一成から想いを告げられた瞬間、胸を満たしたのは歓喜だった。はち切れそうな喜びが体中を満たして、天馬は言葉より早く一成を抱きしめた。
驚いて固まる一成に、言葉を取り戻した天馬は答える。心からの気持ちを込めて、一成をたった一人の特別にしていいのだという喜びに胸を震わせながら。「オレもお前が好きだ」ときっぱり告げれば、一成は震える声で「うん」とうなずいた。
(こっそり付き合ってるのも、スパイみたいで面白いなんて言ってたな。まあ、最終的にはバレたが)
天馬の頭には、恋人として付き合い始めてからの日々が浮かんでいる。おおっぴらに振る舞うのも気恥ずかしくて、最初は誰にも何も言っていなかった。
人目を盗んで手をつないだりキスをしたり、という毎日を一成は「スパイみたいじゃね!?」と笑っていて、そうやって何でも楽しんでしまうところが好きだな、と思っていたのだ。
結局夏組には早々に打ち明けたし、最終的にはカンパニー全員が知ることになった。もちろん全員祝ってくれたし、二人の日々を見守っていてくれた。
恋人として付き合うようになってから、二人の関係はゆるやかに変化していく。
友達としてだけではなく、特別なたった一人になったからこそ。一番近い距離で、お互いの心を、存在を分かち合っていくことを選んだのだ。
一成は天馬に本音を口にしてくれるようになったし、結果として喧嘩に発展することもあった。お互い忙しすぎて連絡すらままならない時も、ちょっとしたきっかけですれ違いが発生することもあった。
何もかもが順風満帆で、マイナスは一つもない、なんてことはない。腹を立てたり悲しんだり、幸せだけの毎日では決してなかった。
それでも、天馬も一成も、二人で一緒にいることを選び続けた。
(ずっと一緒にいたかった。隣にいてほしかった)
一成と日々を過ごす内に、天馬はいつしか自然と思うようになっていった。
これから先の未来の風景。思い描いた時、隣にいてほしい人は一人だけだ。夏組もカンパニーも、天馬の未来には欠かすことのできない存在だ。だけれど、そのどれとも違っているたった一人を、天馬はもう知っている。
だからこそ、天馬は一つの決意をしたのだ。二人とも年を重ねて、いくつもの人生の分岐を選んできた。新しい分岐点ははここなのだと、理解していた。あの時のことを、天馬は思い出している。
◆
最後の花火が打ち上がる。見晴らしのいい高台だ。眼前には森が広がり、その向こうには海が見える。フィナーレを飾る花火は、海面を照らすように大きく光り輝いた。
夜に咲く花を見ていた天馬は、隣へ視線を向ける。きらきらとした光に照らされた横顔。あざやかな金髪が、若草色の瞳が、長いまつ毛が、笑みを浮かべる唇が、明るく輝いている。
目を細めた天馬は、「きれいだな」と思う。何もかもが光で形作られたようだ。世界中の美しいものを全て集めたら、きっとこの景色になるんだ、なんて馬鹿みたいなことを本気で思っていた。
「めっちゃきれい!」
熱に浮かされたような気持ちでいると、一成が言った。天馬の方へ顔を向けて、きらきらと瞳を輝かせて、興奮した面持ちで。たった今打ち上げられた最後の花火が、どれだけきれいだったかと一息にまくしたてる。
「――そうだな」
一成の言葉を聞いていた天馬は、笑みを浮かべてうなずいた。一成が楽しそうで嬉しいと思うし、心から楽しんでいてくれるという事実に胸が弾む。一成なら、何だって楽しくしてしまうことはわかっていたけれど。
「やっぱ、ここベストポジションで正解だったよねん。めちゃくちゃよく見えたし!」
「まあ、だから有料席なんだろうな。おかげで、あんまり人がいないのは助かった」
「それな~。絶対混みそうだもん」
しみじみした調子で言った一成は、ぐるりと周囲を見渡す。それなりに人はいるものの、それぞれ適度に距離は取っている。互いの声も聞こえないだろうし、適度な暗さもあいまって、顔も判別できないくらいの距離感だ。
「でも、そうじゃなかったらテンテンがいる!って騒ぎになっちゃうもんね。ちょうどよかったのかも!」
明るく告げる一成の言葉通り、こうして二人で花火を見ていても騒ぎになるようなことはなかった。
有料席ということで、高台に入れる人数が制限されていたからだろうし、それぞれが互いに干渉しないよう暗黙の了解が成り立っていたことも理由の一つだろう。誰もが適度に距離を保ち、自分たちの世界に没頭しているような時間だった。
おかげで、天馬も一成も人目を気にせず花火を楽しむことができた。見晴らし台の近くに場所を取れたことも幸いだったのだろう。建物の陰になるような位置なので、いっそう二人だけの世界に浸ることができる。
「花火もきれいだし、星もきれいだし! めっちゃいい気分になっちゃうよねん」
言いながら、一成は目の前の手すりに手を置いて空を見る。花火は打ち上がらないけれど、代わりのように空には星が輝いていた。天馬も隣に立ち、同じように空へ目を向けた。
こんな風に、二人して星を眺めたことは何度もある。一成は星に詳しくて、季節の星座の話や宇宙にまつわる雑学をあれこれ話してくれたのだ。ささやかな思い出を取り出して、二人はしばらく何でもない話をしていた。
「はー、懐かしいな~。またみんなで天体観測とかやりたいよねん。あ、でも、その前にやっぱ花火かな!?」
くるくると表情を変えて、一成は言う。みんなで、というのが夏組を指すことはわかったし、「その前に花火」が何を指すかもわかっていた。なので、天馬はしみじみとした口調で答える。
「まあ、あの時見られなかった花火だからな」
「オレたちだけ先に見ちゃったかんね~」
くすぐったそうにつぶやいたあと、一成は遠いまなざしを浮かべる。眼下に広がる森と海。明かりは少なく、しかと目に映るわけではない。それでも、揺れる木々や波の音は、確かにここに森と海が在るのだと教えていたし、何より一成も天馬も知っている。
今よりもっと前のこと。明るい日差しの下で、ここに立っていた。あの時の景色を、忘れるわけがなかった。
「テンテンに森の中案内されるとか、マジで遭難するんじゃないかって心配だったよね」
「お前な……それいつまで言うんだよ」
一成の言葉に、天馬は思わず顔をしかめる。ほとんど毎回、この話題になると口に出されるのだから文句を言いたくなるのも仕方ない、と天馬は思う。一成は明るく「めんご~!」と笑った。それから、声のトーンを落として続ける。
「でも、ちゃんとここまで連れてきてくれたもんね。あの時一気に視界が広がった感じ、ずっと覚えてるよ」
目を細めた一成は、やさしく唇をほころばせる。いつも浮かべる笑みよりも、やわらかくておだやかな。愛おしさを抱きしめるような表情。思い浮かべるものを、天馬は理解している。
一成が二回目の主演を務めることになった舞台。天馬は、準主演として一成と板の上に立った。しかし、そこに至るまでは決して順調ではなかった。
絵画で賞を受賞して取材を受けたあとから、一成の様子は目に見えておかしくなった。どうにかしたいと考えた結果、導き出した答えは夏組と監督で旅行へ行くこと。旅先にあったこの高台へ、一成を連れてきたのは天馬だった。
街で一番見晴らしのいい高台があると聞いていた。絶景スポットとしても有名な景色を、一成に見せてやりたかった。
きれいなものを探すのが得意で、どんな些細なことでも「これって最高じゃん!」なんて言ってくれる。だからこそ、とびきり美しいものを一成に見せたかったのだ。
「みんなで遊んで、スマホも全然触らないでさ。結構気分は晴れてたんだけど――あの時、森の中からここに出た瞬間、もやもやしてたものとか、全部飛んでっちゃった」
やわらかな口調で、一成は言う。目の前に広がるのは夜の景色でも、一成の目には真昼の風景が見えているのだろうと天馬は思う。あの時の記憶を、一成は抱きしめているのだ。
「オレの悩みなんて大したことじゃないって思えたし、何よりあの時、オレが絵を描くってことをみんなが大事にしてくれたことが嬉しかったんだよ」
どこまでも澄み渡る青空に、色合いの違う青をたたえた海、何層にも折り重なる森の木々。目の前の景色に心を打たれた一成は、純粋に「絵が描きたい」と思った。
ずっと昔、初めて絵筆を握った時のように。誰かのためとか賞のためだとかではなく、ただ衝動のように思った。この景色を、心が震える瞬間を、絵にしたい。
そう口にすれば、絵の道具を持った夏組が現れた。それは、一成ならきっと絵を描きたいと思うはずだ、と夏組が思っていたからこその行動だ。そうでなければ、絵の道具なんて持ってくるわけがない。
夏組は、一成が絵を描きたいと思うことを信じて疑わなかった。一成は絵を描くのだと、当たり前のように思っていてくれた。絵を描きたいと思う一成の気持ちを、真っ直ぐ大事にしてくれた。それが一成には、嬉しかった。
結局それから、夏組全員で写生大会が始まってみんなで絵を描いた。一成にとって、大事な思い出の一ページだし、あの時描いたみんなの絵は今もはっきりと思い出せる。夏組で過ごした、大事で大切な時間。色褪せることのない思い出だ。
ただ、あの時花火大会があると聞いていたけれど、開催される月が変更になっていたので、結局花火を見ることはできなかった。またの機会に、と言いながら時間が経ってしまってなかなか実現しなかったのだ。
それを今回、二人だけでリベンジを果たしているのである。今度は夏組全員で、となるのは自然な流れだろう。
まあ、夏組とて事情は理解しているだろうから、「二人だけでずるい」なんて本気で言うことはないだろうとはわかっていたけれど。それでも、ちゃんと夏組全員で見たいよね、と思うのはいたって当たり前の結論だった。天馬も異論がないことは、一成も充分理解している。
「写生大会もめっちゃ楽しかったし――あの時空の絵描けたことも、すごく大きいんだよねん」
そう言う一成は、真っ直ぐ天馬を見つめた。遠い記憶をなぞるような雰囲気ではなく、きらきらと力強い目をしていた。どんな宝石も敵わない輝きを宿して、一成は続ける。
「オレにとっての空の絵の意味は、あの時から変わったんだ」
一成の中学生時代の話なら、天馬も聞いている。
勉強にだけ没頭して、友達なんて一人もいなかった。それでもいいと思っていたはずだけれど、自分が空っぽであることに気づいてしまった。そんな時代から、一成は空の絵を描いてきた。
ほとんど無意識のように手が動けば、自然と空の絵は出来上がる。何も考えなくてもいい。ただ絵を描いていれば、それでいい。空の絵は、一成にとって自分の弱さに目を背けた逃避の象徴だった。
しかし、その意味が変わった日を、一成は覚えている。夏組みんなで、写生大会をしようと言った。何の絵を描こうか迷うと言った一成に、天馬が「空の絵」と答えた。あの時のことを、一成はずっと覚えているのだ。
「オレにとって逃げだった絵を、テンテンは肯定してくれた。心を動かしたんだって言ってくれた。オレの絵を好きだって言ってくれた」
天馬に連れられて、森の中を歩いた。高台に辿り着いた時、一気に視界が開けた。その時と同じだった。
天馬の言葉に、辺り一面に光が差し込んだ気がした。何もかもが塗り替えられていく。それまで見ていた景色が、意味を変えていく。震える気持ちで、一成は理解したのだ。
「テンテンの言葉がきっかけで、みんなで空の絵描いてさ。あの時から、逃げだった絵が大好きな絵に変わったんだ」
真っ直ぐ天馬を見つめて、一成は告げた。ずっとずっと前から思っている。天馬と出会って、たくさんの時間を重ねた。その中で、一成は何度だって思ってきた。これだけは間違えない。一成にとって絶対の、揺るぎのない事実が一つ。
「テンテンは、オレの世界をいつだって新しくしてくれる」
本音を言えなかった一成の言葉を、当たり前のように受け入れた。一成の失敗すらも、それでいいと認めてくれた。他の誰かのためじゃない、一成の気持ちを誰より強く肯定した。
その瞬間、一成は初めての気持ちを何度だって知った。天馬の言葉で、世界は何度も生まれ変わる。
そう言うと、一成は目を細めた。やわやわと唇を引き上げる。浮かぶ笑みはただまばゆくて、だけれど同じくらいに泣き出しそうだった。悲しみではない。あふれるような愛おしさが、こぼれおちて涙になるような、そういう表情だとわかっていた。
「テンテンと出会って、本音を受け止めてくれて。オレの世界は何回も新しくなった。テンテンは、オレにいっぱい初めての気持ちをくれたよ」
とっておきの秘密を語るような口調で。とびきりの宝物を抱きしめる素振りで。告げられる言葉はどこまでもきれいで、天馬は衝動のように口を開いた。
「――オレだってそうだ」
ほとんど無意識で形になった声だ。ただ、それは天馬の心からの思いだったから、自分の声に勇気づけられるような気持ちで、天馬は言葉を継いだ。
「一成が初めてだった。友達だって、オレのことを言ってくれたのも、一緒にいろんなことを楽しもうってしてくれることもそうだ。一成がいたから知ったことなら、いくらだってある」
夏組と出会うまで、天馬には友達と呼べる相手がいなかった。同年代と過ごすささやかな日々なんて、創作物の世界だけの話だった。だけれど、夏組との出会いで全ては変わっていく。
知らないことをたくさん知った。何でもない毎日が、とびきり光り輝くのだと知った。体験したことのない出来事やイベントがいくつもあって、天馬の思い出にたくさんの初めてが刻まれていく。
その時、いつだって天馬の手を引いたのは一成だ。初めて友達だと言ってくれた人は、率先して新しいことに連れ出した。知らない世界の扉を開いて、ためらう天馬の手を引いて「行こう」ときらきら笑ってくれた。
「オレの知らない初めてを、たくさん連れてきたのは一成だ」
そう言った天馬は、少しだけ沈黙を流す。照れくさそうな表情を浮かべると、ぽつりと言葉を続けた。――友達だけじゃない。恋人としてのことだってそうだ。
天馬にとって一成は、初めての友達であるのと同時に、初めての恋人でもあった。
恋愛関係の創作物なら、いくらでも出演経験はあるけれど、プライベートでは色恋沙汰にとんと縁がないのが天馬だった。だから、一成に告白されて自身も同じ気持ちだと告げて、恋人としての付き合いをスタートさせてからの日々は、何もかもが新鮮だった。
自分にこんな気持ちがあったのか、と天馬は何度も思った。恋の楽しさに、甘酸っぱいだけの日々ではない。
衝動に似た愛おしさも、混沌とした醜い嫉妬心も、攻撃的な独占欲も、殉教めいた恋心も。全ては天馬にとって、初めての感情だった。
「お前がいたから見えた景色はたくさんある。一成は、オレの世界を何回だって新しくした」
一成とともに歩いてきた今日までの日々。天馬の知らないものをたくさん教えて、天馬の手を引いて新しい世界の扉を開いた。友達として、恋人として、一成がそばにいた日々は、天馬を何度だって生まれ変わらせたのだ。
真剣な面持ちでそう言えば、一成は大きな目を何度もまたたかせてから、ゆっくり笑みを広げた。
やわやわと光がにじんでいく。あたたかくて、やわらかくて、何より力強い。天馬の言葉を受け止めた一成は、心底楽しそうに言った。
「ってことは、オレらめっちゃ似た者同士じゃん?」
二人そろって、互いの存在が世界を生まれ変わらせたと言うのだ。初めてを教えあえって、何度も新しい扉を開く鍵になった。どちらか一方だけではない。天馬にとっての一成。一成にとっての天馬。お互いにとってのそれぞれは、確かな力になった。
どちらかが尻込みしたなら、きっと片方が手を引いてくれる。怖気づいたなら背中を叩いてやれる。そうして、何度だって新しい世界を開いてきた。
その事実を噛みしめる天馬は、ああ、そうだ、と思う。与えるだけでもなく、もらうだけでもなく。オレたちは二人なら、そうやってこれから先の未来を進んでいける。一成と一緒なら、どんな未来も新しい世界も、歩いていけるんだ。
胸を震わせるような確信が、心にあふれる。ひたひたと満ちていくのは、揺るぎなく純粋な決意。
衝動のような強さで、しかししんと落ち着いた心で、天馬は口を開いた。見たいもの。望んだこと。理解しながら、真っ直ぐ一成を見つめて言う。
「一成、オレと結婚してくれないか」
勢いで告げた言葉ではなかった。ずっと前から考えていたのだ。
出会った時はまだ子供だった。しかし、重ねた年月は確かに二人に降り積もり、今では立派な大人になった。だからこそ、これから先の未来を見据えた時に強く思ったのだ。
一成と、未来を一緒に歩きたい。一番近くで、ずっと隣にいたい。オレだけのたった一人は一成だ。
揺るぎなく思ったからこそ、一成に言いたかった。だからずっと、タイミングをうかがっていた。
久しぶりに二人で旅行とかいいね、と一成に言われた時、思い出の場所を提案したのだってそうだ。初めて主演と準主演を務めた舞台。そこに連なる思い出の場所は、未来を誓うのにぴったりだと思ったのだ。
天馬は真っ直ぐ一成を見つめた。
星が輝く夜だ。明かりはささやかでも、一成はいつだってきらきらと輝いて見える。緑色の目は宝石みたいにきれいで、ずっとこの瞳を見ていたいな、と天馬は思う。同じくらいに、この瞳でずっと見つめていてほしい、とも思う。
「一成と、これから先の未来までずっと一緒にいたいんだ。もちろん、全てが簡単には行かないと思う。何もかもが順風満帆とは言い難いし、面倒も困難もきっとある」
力強いまなざしを向けて、天馬は言葉を重ねる。
天馬も一成も、自分の立場はよくわかっている。二人とも世間に名を知られた存在で、ちょっとした出来事もすぐスキャンダルに結びつく。結婚の話題はセンシティブだし、ましてや同性同士ともなれば、心無い言葉を向けられることもあるだろう。
真実を隠す必要もあるかもしれない。嘘を吐かなくてはいけない場面も、きっとあるだろう。当たり前の、大多数が手にする幸せはきっと手に入らない。
それでも天馬は言うのだ。他の誰でもない、三好一成と未来を生きたいのだと。
「自分勝手なことを言ってると思う。でも、オレはお前とならどんな困難だって乗り越えられる。一成となら、何だって笑っていられる。一成となら、どんな初めてだって迎えられる」
だって、天馬は知っている。初めて一成と出会ってから、重ねた日々。
一成は天馬に、何度だって新しい景色を見せてくれた。尻込みしてためらってしまう天馬の手を引いてくれた。代わりに、天馬は一成が立ち止まるなら何度だって背中を押してやるのだ。見たことのない場所まで行くのだと、力強く踏み出す一歩になるのだ。
そうして、二人で何度だって初めてを分かち合っていく。一成となら、そんな未来が開けているのだと天馬は確信していた。与えるだけでもなければ、もらうだけでもなく、互いを互いの光にして、どこまでだって歩いていける。
天馬はじっと一成を見つめた。同じように、一成も視線を返した。美しい瞳で、凛としたまなざしを向ける。天馬はそれを全て受け取ると、口を開いた。真剣な面持ちで、心の全てを取り出して、一成へ言う。
「これから先の、新しい世界をオレと一緒に見てくれ」
未来へ向かって歩いていく道のりで、何度だって新しい扉と出会うだろう。その時、そばにいてほしい人は一成だった。
一成となら、どんな世界だってきっと笑っていられる。一成が一緒にいれば、どんな扉だって開いていける。今までともに過ごした日々が、何よりの答えだ。
天馬の力強い言葉に、一成はぱっと笑った。大きな瞳をきらきら輝かせて、頬を薔薇色に染めて。夜の中でも決して失われない明るさで、力強くうなずくと言った。
「テンテンと一緒なら、新しい世界もみーんな絶対楽しいよね」
光で紡いだような笑みで言ってから、一成はそっとはにかんだ。
やわらかく目を細めて、「こういう時は、よろしくお願いします、とか言う感じ?」なんて言うので。息もできないような愛おしさを感じながら、天馬は力強く一成を抱きしめた。
◆
プロポーズの場面を思い出していた天馬は、はっと我に返る。完全に過去へ意識を飛ばしていた。
幸い出番はまだとはいえ、声を掛けられる可能性はゼロではない。あまり外のことをシャットアウトするのも考え物だろう。
そう思うけれど、あの夜の高台での場面を思い出すと、天馬の胸は言いようもない感情に満たされて、すぐに心があの瞬間へ向かってしまう。
天馬のプロポーズを、一成は受けた。未来まで一緒にいたいという天馬の言葉にうなずいて、ともに歩いていく誓いは二人のものになったのだ。
嬉しかった。幸せだった。胸がいっぱいで、泣きたくなるようなまぶしさが降りそそいでいた。
一人だって、天馬はきっと歩いていける。孤高の存在として、目指すべき場所まで一直線に向かっていく未来だってあったのだ。
だけれど、天馬は肩を並べて歩きたい人たちと出会った。夏組。カンパニー。ときどき寄り道をして、遠回りをして、笑いながら進んでいくのだと、今の天馬は知っている。
その道の途中で、手を取っていたい人を知った。遠い遠い未来まで、一番近くで歩いていたい人。
天馬の願いは、二人そろっての約束になった。同じ気持ちを返してくれたことの幸福を、天馬は何度だって噛みしめる。同時にそれら全てを守っていくのだ、という決意に身が引き締まる。
一成を幸せにすること。二人で幸せになること。これから先の未来で、必ず叶えると決めている。そのための最初のステップとも言えるのは、カンパニーメンバーが参列する結婚式だろう。
一成がイベント好きだから、ということもあるけれど。大事な人たちからの祝福を受ける、という意味でも特別な日になることは間違いない。
だからこそ、全力で天馬は取り組むつもりだ。視線が向かったのは、机に広げたノート。これまでの日々を記した脚本の卵だ。懐かしい場面が、いくつも並んでいる。
(――プロポーズのシーンは、オレたちだけの秘密にしておこう)
一つずつのエピソードを読み返した天馬は、そっと思う。
出会いやそれからの日々を描いてはいるけれど、夜の高台での光景は自分と一成二人だけの胸にしまっておきたかった。一成にそう言えば、いたずらっぽく笑ってうなずいてくれるだろう、と思った。
プロポーズ以外にも、語る場面はいくつもあるのだ。カンパニーで過ごした日々の中で、一成を大切に思うようになったこと。天馬を意識し始めた時。想いを告げて、恋人になった。二人で過ごした特別な日々。喧嘩もしたし、すれ違いもあった。それを乗り越えて、二人で手を取ることを選んだ。
今日までの日々を思い返した天馬は、笑みを浮かべてノートへ向き直った。
脚本というにはきっと拙い。エピソードにまつわる会話を書き起こした、といった程度のものだ。それでも、軽やかな声が聞こえてくるような気がする。一成が楽しそうに笑っていて、そこには夏組のみんなもいてくれる。光に満ちた、にぎやかな光景。
(まあ、どうせみんな乱入してくるだろうな)
エピソードを書き連ねつつ、天馬はしみじみ思う。余興のキャスティングは夏組の六人だ。その前提で脚本も仕上げるつもりだけれど、カンパニーメンバーが黙って見ているだけとは思えなかった。
MANKAI寮で過ごした日々がメインになる芝居なのだ。カンパニーメンバーが参加したって違和感はないどころか、いたって自然な流れと言える。
飛び入り参加してくる可能性は大いにあったし、夏組は当然歓迎するつもりだ。アドリブなら全員得意だし、カンパニーメンバーと芝居ができると思えば胸が弾んで仕方ない。
わくわくした気持ちのまま、天馬は脚本を形にしていく。
アドリブ前提で、そこまで詳細を決めていないからだろうか。それとも、大切な人と過ごした時間を思い出しているからだろうか。どんなシーンもあざやかに、生き生きと思い浮かんで、天馬の手は止まることがなかった。
おかげで、脚本は順調に形になった。完成したとは言えない出来だけれど、一通りの流れは書き切ることができた。あとは、一成の意見も聞きながら完成に近づけていけばいい。
天馬は一つ息を吐くと、スマートフォンのアプリを起動させた。結婚式の準備のため、やるべきことがリスト化されている。「余興:脚本の下書き」にチェックを入れて、他の項目に目を向けた。
一成とも共有しているリストだ。デザイン関係にはほぼ全てチェックが入っており、あとは当日を残すのみ、といったところは仕事の早い一成らしい。食事のメニューやプチギフトなども八割完了と進捗状況が記されており、順調に準備は進んでいると言える。
しかし、天馬はリストの中の一つに視線をやって難しい顔をした。
リストに書き加えた時から、進捗状況はあまり変わっていない。なかなか進展がはかばかしくないことはわかっていた。できるものから取り組むことにしたから、結局最後まで残ってしまった。
ずっと天馬を悩ませているもの。気がかりとして、常に頭に残っている。「誓いの言葉」を天馬は何とも言えない顔で見つめている。