「ワンルームワールド」茅ヶ崎至:動画視聴者(20代・無職)




 次から次へ動画を巡っていれば、時間はあっという間に過ぎる。どうでもいい雑談みたいなネタから、意外とタメになる知識まで、ありとあらゆるものがインターネットには転がっている。イマドキ、わざわざ金なんか出さなくたって時間を楽しむことはできるのだ。通信費とかは要るけどせいぜいそれくらいで、娯楽ってやつは無料で手に入る。
 一つの動画の再生が終われば、自動的に次の動画へ切り替わる。ちょっと気分じゃないなって時だけ、適当に画面をスクロールして選択。ときどき大きい画面で見たい動画に行き着くこともあるから、やっぱりスマホよりパソコンの画面の方がいいな。
 学生時代に買ったパソコンは、ずいぶん型も古くなった。でもまだ動くし、ネットにつなぐだけなら問題ない。オレにはお似合いだし、大体買い替える金もない。
 まあ、だからこそこうやって動画を見ながら一日を過ごしているとも言える。外へ出掛ければどうしたって金がかかるのだ。その辺の公園でぼーっとするのは金も要らないけど、不審者として通報されることは目に見えている。学生でもない大人が、日中何もしないでベンチに座ってるだけでも怪しいのに、くたくたのスウェットと散髪してない髪じゃ、たぶん職質される。さすがに警察呼ばれるのは嫌だ。
 散髪行くにしても、服を新しくするにも金がかかる。一応まだ貯金はあるけど、この前バイト辞めてから収入はゼロ。節約して使わないと、いずれこの部屋の家賃も払えなくなる。小さいしボロいし安さだけが取り柄のワンルームだけど、少なくともここだけはオレにとっての安住の地だ。せめてここを守るためには、そろそろバイトを探さないといけないと頭ではわかってるが、どうにも腰が重い。
 学生時代はどうにかやり過ごせたものの、社会人として働くなんてオレにはとうてい向いていなかった。どうせ普通の人生なんて送れない。オレの人生はとっくに積んでるのに、やる気なんて起きるわけがなかった。
 ぼんやりと、知らないカードゲームの開封動画を目に写していたオレは、はっと我に返る。だめだ、つい現実のことを考えてしまった。やっぱり開封動画は良くないな。金のない現実を思い知らされる。
 ここは現実以外の動画がいい。ずらりと並んだ動画の中から、ゲーム配信系を探した。実況もいいけど、単純なプレイ動画がよかった。人が話してるところを聞きたいときもあるけど、今はそういう気分じゃない。もっと淡々としてて、地味に攻略してる動画がいい。
 いくつかのサムネイルを流し見して、一つの動画を選んだ。ゲーム内のミニゲームでひたすらレベル上げする動画。
 投稿者は「たるち」。フォローしてるし、ときどき見てる。実況系は淡々としてるけどコメントがちょこちょこ面白いし、ゲームに対してすげーガチ。煽りプレイもするし毒も吐くけど、動画内で完結するから見てるこっちはあんまり気負わなくていいところも楽だった。何か、見てる側に対してやけに圧のある動画は疲れるから好きじゃない。
 たるちの動画は、ナイラン系が一番人気だ。実況プレイもそうだし、えんたくナイトくんの開封動画も結構再生数がある。たるちと言えばナイランって感じになってると思う。
 だけど、オレはたるちのナイラン以外のプレイ動画が結構好きだった。もちろんナイラン動画も面白いと思ってるから、投稿されれば見てるけど。それ以外のちょっとしたプレイ動画の方が、何となく好きだった。
 ナイランみたいな派手さはないけど、コツコツ地道にレベルを上げて目標をクリアする。余計な情報は少なくて、職人技を見てるみたいな気分になる。無理に会話をする必要もないし、自分の世界だけで完結することを許されるような、そんな風に思えるのだ。だから何となく、たるちにも親近感を持っている。
 まあ、たるちはオレみたいな人間と関わるようなキャラじゃない。動画投稿者として人気者っていうのもあるし、中の人間についての情報も微妙に入ってくるから、本当に全然違うことはわかっている。知りたくないから積極的に情報収集してないが、何でも劇団に所属していて顔もイケメンらしい。見たら嫌いになりそうだから、オレはたるちを声でしか認識してないしそれでいいと思ってる。
 オレはサムネイルをクリックした。広告が数秒流れて、すぐに見慣れたオープニング画面が始まる。今回のプレイ動画は、RPG内の釣りゲーム。ここで金とか称号を獲得できるけど、ゲームクリア自体には影響しないから、別にやり込む必要はない。でも、たるちは釣れる魚のコンプリートから、ゲーム内で出てくる釣り竿全種類を試し、池に浮きを投げ入れるポイントで釣果が変わるかまで、一通り挑戦するという。どれだけこのミニゲームに時間を掛けたのかと思うけど、たるちはそういうところガチだから信用できる。ずるとかはしない人間だ。
 編集によって必要ない画面はさくさく飛ばされる。それでも同じ画面が何回も繰り返されるし、やってる方もだけど見てる方もなかなか忍耐力を必要とされる。まあ、こっちは早送りできるけど。たるちは馬鹿真面目に、ひたすら延々繰り返したんだろうなと思う。
 今日は比較的真面目に見る気になったから、飛ばさずにたるちが釣り上げる魚を見ている。淡水魚も海水魚も関係ないようでアユやイワナも釣れるし、アジやイワシもよく出てくる。この辺がベースで、レアとしてはホンマグロなんかもあるらしい。たるちはその辺の説明をしながら、淡々と魚を釣っている。
 選択画面で釣り竿を選ぶ。キャラクターを動かして、浮きを投げるポイント決定。反応があったら連打して魚を釣り上げる。動画ではいい感じに省略されてるけど、たるちは何度も何度もこの動作を繰り返している。
 プレイ動画には、ときどきたるちの独り言が収録されている。語り掛けるんじゃなくてラジオみたいな感じだ。たるちは釣果にぶつぶつ言いながらも、案外毒は吐かない。やり込み自体が嫌いじゃないからだ。
 面倒とか手間とかは思うらしいけど、地道にレベリングすること自体楽しいし、コツコツした作業がわりと好きだって、別の動画で言っていた。それは、このプレイ動画を見ててもわかる。
「よっしゃ、マグロキタコレ」
 弾んだ調子の言葉が聞こえて、何百回目かの挑戦でやっとホンマグロを釣り上げることに成功したらしい。画面がちょっと華やかになる。たるちは再び釣りに戻りつつ、明るい声でつぶやいた。
「コツコツやってると、こういうご褒美あるから止めらんないよね」
 平坦なのに明るい声でたるちは言った。現実のクソゲーも、ときどき思いがけない褒美があるからどうにか続けられるんだ、と続く。
「まあ、それでも嫌になる時はなるんだけど、こういう没頭作業も世の中には大事でしょ。だからちゃんとレアアイテムってご褒美もあるわけだし」
 たるちは、再び釣り竿を選んで言う。何でもない調子で。だけど、どこかやわらかい声で。
「ミスっても上手く行かなくて全部嫌になってもさ。ひとまず、続けてみると思いがけずご褒美って転がってるんだよ」
 別にオレに言ったわけじゃないただの独り言だ。だけど、そうだったらいいよな、と思った。このまま人生続けてみたら、いつかゲームみたいにご褒美が転がってるといいのになって。だってそれならきっと、もう一回どうにかオレは頑張れるんじゃないかって。
 オレしかいない部屋で、画面の向こうの顔も知らない人に向かって、ぼんやり思った。
 他の誰かに言ったら、現実とゲームを重ねるなって言われる。ゲームに逃げてるだけだって、現実を見ろって怒られる。でも、きっとたるちは、ゲームと人生は違うなんて言わない。人生こそがゲームだってガチで言うタイプだって知ってる。
 だから今、オレが本気で思ったクソみたいな願いをきっと否定しない。