最後の苺はきみにあげたい



Scene:03――Kazunari


 バレンタインのメッセージカードを書いていた。
 カンパニー全員分のチョコレートは、催事場から帰宅してすぐに配ってしまった。バレンタイン当日はカンパニーもイベントがあって忙しいし、時間がある時に贈った方がいいという判断だ。ただ、夏組用や大学用に買った分はまだ持っていたので、そのためのメッセージカードである。
 最初はシンプルに言葉とイラストだけにしようと思ったのだけれど、凝り性の一成である。段々と気合いが入ってきて、レタリングやらデザイン性を追求したくなって、一枚ずつ雰囲気を変えたカードを作り始めていた。
 そういうわけで、夜遅くまでせっせと机に向かっていた。椋は「あんまり夜更かししないでね」と言って先に眠ってしまったので、あまり遅くはならないようにしようとは思っていた。
 ただ、集中すれば時間はすぐに過ぎてしまう。ある程度のところで息を吐いた一成は、スマートフォンを確認して、とっくに日付が変わっていることに気づいた。そこまで遅い時間帯ではないものの、キリがいいしこれくらいで寝た方がいいのかも、なんて思いながら流れるようにスマートフォンを操作する。
 SNSやネットを巡回して、面白い投稿にチェックをつけていると、不意にカンパニーのグループトークにメッセージが投稿される。送信者は天馬で、取材先でカンパニーメンバーのケーキを購入したと言う。
 一成はドキドキと心臓を鳴らしながら、急いで文章を作った。恐らくまだ起きているメンバーはいる。その内の誰かが答えてしまう前に、とすぐさまメッセージを投稿する。天馬の言葉をちゃんと受け取ったのだと、一番先に言いたかった。
 我ながら子供みたいな独占欲だ、と一成は思うけれど、これくらいなら大丈夫だよねん、と続けてメッセージを送った。事実として、天馬一人で大量のケーキを仕舞うのは大変だろうと思ったし、夏組の自分が手伝うのは何ら不自然ではない。夏組で夜更かししがちなのは一成なので、変に思われることもないはずだ。
 案の定、天馬からはすぐに「よろしく頼む」という答えがあったし、他の人からのメッセージはない。既読はいくつかついたけれど、特に反応がないのは、一成に任せようと思ってくれたのだろう。そういうわけで、夜遅くに帰宅する天馬を迎える役目は、一成が請け負うことになったのだ。

(めっちゃツイてるじゃん!?)

 内心ドキドキしながら、一成はグループトークの画面を見つめた。
 遅くまで起きていること自体は珍しくないし、一成はしょっちゅうスマートフォンを確認しているから、メッセージに一番に気づくこともそこまで奇異ではないとはわかっている。それでも、天馬のためにできることがあって、それをやらせてもらえるなんて、幸運の女神がほほえんでいるような気がした。
 何だか落ち着かなくて、一成は椅子から立ち上がる。天馬の今日の仕事を詳しく聞いているわけではないけれど、きっと疲れて帰ってくるだろう。何か温かい飲み物を用意しておこうか。そうだ、談話室の暖房もつけておいた方がいいかも。
 そわそわとした気持ちのまま、一成は202号室を出る。何かをしていなくては、という気持ちに突き動かされるように、天馬を出迎える準備をしようと談話室へ向かった。








 車の停まる音が聞こえて、一成はソファから立ち上がる。飛び出すように玄関へ向かって扉を開くと、箱を抱えた天馬が立っていた。

「おかえり、テンテン!」
「ただいま。悪かったな、起きててもらって」
「ううん。ちょっと作業してたかんね」

 箱を抱えた天馬が玄関に入り、一成は寮の扉を施錠する。戸締りに関しては口を酸っぱくして言われているし、ちゃんと鍵を掛けておかないと最後に帰宅した天馬が何かを言われてしまう。そういう意味でもしっかり確認してから、天馬の姿をまじまじ見つめた一成は言う。

「マジでめっちゃ大荷物じゃん」
「ああ。ホールケーキに、それぞれのカットケーキ買ってきたからな」

 微笑を浮かべて答える天馬は何だか少し楽しそうで、一成も嬉しくなってしまう。そのまま、何でもない話をしながら談話室へ入った。いつもは人でにぎわう部屋も、今は誰の姿もない。静まり返っているけれど、事前に暖房をつけておいたおかげで、部屋はほんのりと暖かい。

「自分で買ってきて何なんだが、冷蔵庫に入るのか謎なんだよな」
「うーん、ちょっと試してみよっか。とりあえず、タッパーに詰め替えた方がいいし」
「そうなのか?」
「らしいよん。紙のままだとしけっちゃうんだって」

 聞いたことのある話を披露してから、手分けしてケーキを詰め替えることにした。幸い、タッパーなどの保存容器は使用頻度が高いためサイズも豊富で在庫も多い。二人で作業して、ひとまず冷蔵庫に仕舞い終えることはできた。団員用のバレンタインチョコレートは配り終えていたおかげで、空きがあったのも幸運だっただろう。

「めっちゃかわいいケーキばっかだったねん! みんなデコレーション凝ってて!」
「見た目にもこだわってるって評判のケーキ屋らしいからな。一成も知ってるんじゃないか」

 店名を告げられて、一成はなるほど、とうなずく。確かに、名前は聞いたことがあったし、いくつか写真も流れてきていた。一成もチェックしていたし、その内行ってみようと思っていた店だった。

「知ってる! そかそか、やっぱかわいかったもんね~! 全部写真撮りたかったもん」

 しみじみとした調子で一成は答える。今は冷蔵庫に仕舞う方が先決だと、カメラは向けなかったけれど、箱を開けては思わず歓声を上げてしまったくらいだ。
「この花めっちゃ凝ってる!」やら「待ってこのデコかわいすぎね!?」やら騒いでいたけれど、天馬は面白そうに笑っていただけだった。恐らく、一成の反応は予想済みだったのだろう。

「で、テンテン。そっちの箱はどうするん? タッパーまだあるけど」

 ケーキへの感想を口にしてから、一成は作業台に置かれた箱へ目を向ける。
 最初は、天馬が持っていた大量の箱に気を取られて見落としていたけれど、天馬は小さな箱を持っていたのだ。恐らく件のケーキ屋で購入したものだろうと思ったので、それなら冷蔵する必要があるのでは、と考えただけで他意はなかった。
 しかし、天馬はあからさまにぎくりとした表情を浮かべた。あれ、オレなんかマズイこと聞いちゃったかも、とは思った。ただ、ここで何も見なかったことにするのも不自然な気がして、わざとらしく明るい顔で口を開く。

「なになに~? テンテンてってばもしかして、自分専用ケーキでも買ってきたの?」

 冗談でそう言うと、天馬はやけに真剣な顔で「違う、そういうわけじゃない」と答える。思いの外真面目なトーンに、どうやら本当に自分用ではないらしい、と悟った。
 まあ、天馬自身ケーキは嫌いではないものの、そこまで甘いものが好きというわけではないので、自分だけにケーキを買ってくるとは考えにくい、ということもある。

「んー、じゃあヒョードル用とか? あ、むっくんとか――もしかしてカントクちゃん!?」

 サイズからして、恐らく一人か二人用、とアタリをつけてそう言ってみる。
 スイーツ好きとして真っ先に思い浮かぶ十座は、天馬がよく世話になっている。夏組の椋はチョコレートが好きだし、監督は誰にとっても特別な人だ。彼女にだけ、みんなに買ってきたものとは別にケーキを用意することだって考えられる。
 我ながら妥当な推論だ、と一成は思った。ただ、天馬は素直に名前を明かすとも限らないし、そこまでして聞き出したいというわけでもない。天馬が話したがらないなら別にそのままでよかった。なので、一成としてはもうこの話は終わりのつもりだった。

「てかさ、テンテン何か食べた? お腹減ってんじゃね? 夜食か何か作ろっか。それとも、あったかいもの飲む?」

 話題を切り替えて、何か腹に入れた方がいいのではと水を向ける。恐らく空腹を抱えているだろうし、すぐに答えがあると思ったのだけれど。予想外に天馬は黙り込んでいる。
 ハテナ、と一成は天馬を見つめた。すると、強いまなざしが返ってくる。何だかやけに思いつめたような顔をして、真剣な色を宿す瞳がひたと一成を見据える。
 まるでこれから舞台へ立つ時のような。怖いくらいに真っ直ぐとした、鬼気迫るような迫力に一成はドキリとする。どうして天馬がこんな顔をしているのか、わからなかった。
 どうしたの、と尋ねようとした。だけれど、その前に天馬が口を開く。
 ゆっくりと天馬は言った。落ち着いた、凛とした声で。それなのに、奥底にはほとばしるような熱を秘めているのだとわかる声で。

「これは、お前の分だ」

 小さな箱を掴んだ天馬は、ずい、と一成の方へ差し出して言った。一成は思わず目を瞬かせた。

「お前に買ってきたケーキだ」

 思いつめたような顔のまま、天馬はさらに言葉を継いだ。反応のない一成に、言葉の意味が伝わっていないのではないか、と思ったのかもしれない。
 ただ、もちろん一成は天馬の言葉を正しく受け取っていた。お前の分。つまり、これはオレの分。理解はできたけれど、どうしてなのかがわからなくて混乱する。
 確かに甘いものは好きだし、天馬もそれは知っている。だけれど、カンパニーの甘党に名前を連ねるほどではないし、わざわざ他の人とは別に自分にケーキを買ってくる、なんて結論になる理由がわからない。

「要らないならいい」
「え、ううん、めっちゃ欲しい! それにすげー嬉しいけど――なんでかなって不思議で!」

 一成は慌てて箱を受け取ってから、ぽろりと言葉をこぼす。
 天馬が自分のためにケーキを買ってきてくれた、ということが嬉しい。このままどこまでだって走っていけそうな、そんな気分になるくらい。だけれど、同じくらいに不思議で素直な気持ちが声になっていた。
 天馬は二度、三度目を瞬かせてから、ぼそぼそと「お前が好きそうなケーキだったし」と言うので一成は「どんなケーキなんだろう」と思いつつ、蓋を開いた。瞬間、歓声を上げる。

「めっちゃかわいい!」

 箱の中には、苺のパンケーキが一つ。間にはクリームがぎっしり詰まっていて、カットされた苺もはみ出そうだ。一番上に乗った苺は、赤くてつやつやしていてまるで宝石みたいだった。
 ボリュームと華やかさが目を引くし、全体的なバランスやカラーリングもお洒落にまとまっていて、このままポスターに使うこともできそうだと思った。

「苺と生クリームの色遣いキレイだし、めっちゃ盛ってあって雰囲気華やか! しかも、これ期間限定のやつじゃん? 今苺の時期なんだ!?」

 店について調べた時、季節によってフルーツが変わる期間限定のパンケーキがあったことを思い出す。まさしくこれなのでは、と気づいて一成のテンションはいっそう上がった。
 小箱を目線の高さまで持ち上げて、きらきらとしたまなざしを浮かべる。頬は紅潮して、心底喜んでいることは伝わったのだろう。天馬はほっとしたように息を吐く。

「一成は喜ぶだろうなって思ったんだ」
「大正解! こんなパンケーキ、テンアゲっしょ!」

 わくわくした面持ちのまま、一成は答える。同時に、いかにも見た目が派手で、写真映えしそうなパンケーキに、天馬が自分を思い出してくれたことが嬉しくて、「ありがとねん、テンテン」と告げる。

「めっちゃ映えそうだから、買ってきてくれたんでしょ? さすがテンテンだねん!」

 一人一人のことをよく見ている天馬ならではだ、と一成は思った。きっと、どのケーキがいいかと考えて、たくさんの中からわざわざこれを選んでくれたのだろうと。そんな風に思ってもらえて幸せだな、といつもよりふわふわとした笑みでそう言ったのだ。しかし、それを受け取る天馬は何だか微妙な表情を浮かべた。
 困ったような、戸惑うようなそんな顔に一成は首をかしげる。これは照れて仏頂面になっているわけでもないし、一体どういうことかと思ったのだ。
 何だか今日は、天馬の反応がいちいち意外すぎて、何だか不思議な気分になる。テンテンのことわかってるつもりだったけど、何か今日はちょっと違うかも、と思いつつ天馬の表情を注意深く見つめる。
 すると、天馬は大きく息を吐き出した。溜め息というより、緊張を解きほぐそうとするような。まとう雰囲気が少し変わって、天馬は重々しく言葉を吐き出した。

「確かに一成が喜ぶと思って買ってきた。だけど、写真写りがいいからとかそういう理由じゃない。ただ、このケーキを見た時、お前に似合うなって思ったんだ」

 とつとつとした調子で、天馬は言葉を並べた。考え込みながら話す様子は、やっぱり普段の様子と違っている。自分の心を探りながら、どうにか形にして伝えようとしているのだ、と察した一成は静かに耳を傾ける。

「たくさんのケーキがあって、その中から選んだわけじゃない。期間限定のケーキだって見せてもらった時、ただ一成が思い浮かんだ。お前にぴったりだって思ったし、きっとお前は喜んでくれるだろ。それなら、一成にこれを渡したかった」

 そう言って、天馬は少し黙った。ためらうように視線をさまよわせたあと、真っ直ぐ一成を見つめる。
 濡れるように光る瞳は、力強い輝きを放っていて一成はドキリとする。この目を何度も近くで見てきた。だけれど、いつもと違う雰囲気が漂っている気がした。

「一成には、特別にこのケーキをやりたかったんだ」

 きっぱりと告げられた言葉が、じわじわと一成に沁み込んでいく。たぶん、今自分は何かとんでもないことを言われているのだ、と思った。
 見た目にこだわったたくさんのケーキ。その中から、一番派手で写真映えしそうなものを選んだ、と言われたって一成は心底喜んだ。だけれど、そうではないのだと天馬は言う。
 期間限定のケーキを見た時、思い浮かんだのが一成だったのだ。それはもしかしたら、単純に限定品を一成が好むからという意味なのかもしれないけれど、たぶん違うのだとわかっている。
 だって、特別にケーキを贈りたかったなんて天馬は言う。小さな箱に一つだけ分けられた。他とは違うのだと告げるような、そんなケーキは一成のためのものなのだと。
 かあっと顔に熱が集まっていく。どっど、と心臓が驚くくらいの大きさで鳴り始める。一成はただ混乱して、待って待って、と誰に言うともなく声を掛ける。だってねえ、テンテン、それってどういう意味なの。そんなことを言われると、オレ勘違いしちゃうよ。

「一成の分は、これとは別にフルーツタルトもある。だから、本当にこれはお前だけなんだ」

 一成の混乱にも気づかず、天馬は続ける。
 みんなの分として買ってきたカットケーキには、一成の分も含まれている。あくまでも、目の前のこのパンケーキはイレギュラーとして用意されたものらしい。
 その事実に、一成の心臓の音はさらに速くなる。だって単純に、これは一成の分だと買ってきてくれたのだと思ったのに。みんなと同じようにカットケーキも一成の分はあって、さらに上乗せされるように、特別なパンケーキもあるだなんて。

「――だから、その、これのことは内緒だぞ。他のやつらの分はないから」

 気恥ずかしそうに、天馬は言った。耳を赤くしてぼそりとささやく様子は、何だか年端も行かない子供のようだ。真正面から受け取る一成は、自身の胸がきゅうっと締めつけられることを感じる。
 なにこれ、めっちゃかわいい。内緒って言葉の響きも、テンテンの言い方も全部かわいくてときめき死にそう。オレの心臓無事かな。
 真顔でそんなことを思っていたけれど、あまりにも沈黙が続けば天馬が不安になるだろう、と一成は慌てて口を開いた。

「うん、おけまる! 内緒にしとくねん!」

 力強く請け負ってから、一成は相好を崩す。内緒。オレとテンテンだけの秘密。その事実が嬉しくて、くすぐったくて、どうにも笑顔が浮かんでしまう。その気持ちのまま、一成はもう一度「ありがとね」と告げてから、同時に自分のなすべきことも理解していた。
 天馬が「一成にだけ」と渡してくれたパンケーキ。同じように、天馬だけの特別なら一成も持っているのだ。この瞬間のために全てが用意されていたんだ、と思った。天馬に渡すべきタイミングは、今ここにしかない。
 一成は小箱を丁寧に作業台へ置いてから、天馬に向き直る。意を決して天馬が渡してくれたなら、今度は自分が伝える番だ、と思いながら一成はそっと口を開いた。

「あのね、テンテン。オレも、テンテンに渡したいものがあるんだ」

 深呼吸をしてからそう言うと、一成は冷蔵庫から見慣れた紙袋を取り出す。一成の名前が書かれた袋は、「大学用のチョコレート、ちょっとだけ仕舞わせてねん!」と言って保管してもらっているものだ。この中に、こっそりと天馬のためのチョコレートを紛れ込ませている。
 ただ、その事実は誰も知らない。全員単純に、一成が大学の友人たちに配るためのチョコレートが入っているとしか思っていないから、天馬は不思議そうに首をかしげている。それもそうだよね、と思いながら細長い箱を取り出して、残りは再び冷蔵庫に仕舞った。
 向日葵の描かれたパッケージ。初めて見た時から、ずっと焼きついて離れなかった。まるで天馬のために用意されたような、天馬に渡すならこれしかないと思ったチョコレートだ。
 一成は真っ直ぐと天馬を見つめて、チョコレートを差し出した。

「これ、テンテンにあげたいなって思って買ったんだ。カンパニーみんなには配ったし、バレンタイン当日には夏組全員にプレゼントするチョコもあるんだけど――これは、テンテンだけに用意したんだ」

 はにかみながら、一成は言葉を並べる。バレンタインの催事場で見つけたこと。一目見た時から、テンテンにあげたいと思ったこと。テンテンにぴったりのチョコレートだと思ったこと。
 天馬が伝えてくれたように、一成もこのチョコレートを見た時のことを口にする。それから、うかがうような調子で続けた。

「だからこれは、テンテンだけのチョコレートなんだけど――。受け取ってくれる?」

 ドキドキしながら尋ねると、天馬はぱっと笑みを浮かべた。夏の青空によく似合う、大輪の花みたいな笑顔だ。ああ、やっぱりこのチョコレートはテンテンにぴったりだ。テンテンのためのものだ。見惚れるような気持ちで思っていると、天馬は力強く言葉を放つ。

「断るわけないだろ。当然受け取るに決まってる」

 そう言った天馬が手を差し出すので、一成はその手に向日葵のチョコレートを置く。天馬は嬉しそうにチョコレートを受け取ると、しげしげと箱を眺めている。うきうきとした雰囲気が体中から漂っていて、一成はこそばゆい。天馬が喜んでくれることが、はっきりと伝わるからだ。
 よかった、と一成は思う。天馬のために用意したチョコレート。特別なのだと言いたくて、だけどそんなことをしたら天馬は困ってしまうと思ったけれど。きっとそれは許されているのだ、と天馬から伝わる全てが告げていた。だって天馬は、一人だけのチョコレートを受け取ってくれた。きっとそれが答えなのだ。
 くすぐったいような、ふわふわした気持ちのまま、一成はそっと言葉をこぼす。

「ね、オレたち二人して内緒でスイーツ用意してんのおかしくね」
「まあな。似たようなことしてるとは思う」
「へへ、でもめっちゃ嬉しいし――そうだ。せっかくだし、このパンケーキ今食べよっかな!」

 ひらめいた、という顔で小箱を掲げる。天馬が顔をしかめて「何時だと思ってるんだ」と言うのは、美容に厳しいメイク担当を思い出したからだろう。一成はくすり、と笑みを浮かべた。

「だって、内緒にしとくなら今食べちゃった方が安全じゃん? それに、テンテンにもらったものって思ったらすぐ食べたいんだよねん」

 あとで食べるために冷蔵庫へ仕舞えば、結局団員たちの目に触れることになる。天馬に頼んで買ってきてもらったのだとか、上手い言い訳くらいは一成とてできるけれど。
 わざわざ嘘は吐きたくなかったし、天馬に渡された今の気持ちのままパンケーキを口にしたいとも思った。この夜を丸ごと自分の中に、そっと抱えて仕舞いこんでおくみたいに。

「……まあ、それは一理ある」

 一成の言葉に、天馬が真面目な顔でうなずいた。事実として、完全に内緒にするなら今ここで食べきってしまうのは賢明な判断と言える、と思ったのだろう。一成はぴかぴか光る笑顔で「でしょ!?」と答えた。

「あとでバレたらアザミンに怒られるけど、その時はその時ってことで!」
「そうだな。なら、オレも一成にもらったチョコレート食べる」

 少しだけ考えたあと、天馬もそう言った。天馬も、自分だけに渡されたチョコレートはこっそり食べたいと思ったのかもしれない。一成はいたずらっぽい表情で言った。

「テンテンもお説教コースご所望?」
「お前と一緒に怒られてやるよ」

 からかうような口調で答えが返ってきて、「頼もしいねん」と一成は笑った。テンテンと一緒なら、怒られたってきっと嬉しくなっちゃうんだろうな、と思いながら。