一億光年の恋 09話





 夕食の時間をはやめてもらったのは、試したいことがあったからだ。時間の変更を申し出れば、管理人の奥さんは快く承諾してくれたし、何だか嬉しそうでさえあった。
 それは恐らく、洋館を訪れて掃除や片付け、アンティーク品のメンテナンスをしていく管理人も同様だった。天馬が朝からあちこちの部屋を訪れて何やら動き回っている様子を、嬉しそうに見つめていた。
 天馬はただ流されるように時間を過ごしていたと聞いているのだろう。積極的に動き出したことを、喜ばしいと思っていることは何となく察した。

 天馬には試したいことがあったのだ。そのために、洋館のあちこちを動き回っていたし、朝から何かと忙しかった。そんな時間はここ最近まるでなかったから、何だか新鮮な気持ちではあった。
 夏組がそろっていればきっと大騒ぎをしていただろう。
 三角はすぐにサンカク探しに出かけてしまうし、一成は止めるどころか一緒になって冒険を始める。九門はきちんと仕事をするけれど、二人のことが気になってソワソワしている。
 椋は部屋ごとに豊かな想像力を繰り広げるだろうし、「面倒くさい」なんて顔をしていた幸が、一番テキパキやるべきことを片付けていく。
 そんな光景が簡単に想像できたけれど、誰もここにはいない。
 一人きりで必要なことをやり遂げた天馬は、一成との電話がつながる条件について一応の仮説を得ていた。

 朝、時計のある小部屋から電話してもアナウンスが流れるだけだった。それでは、他の時間なら――と一時間ごとに電話を掛けても同様。
 他の部屋ならどうかと、洋館中の部屋を巡って電話を掛けてもアナウンスにつながった。
 場所の問題なのか時間の問題なのか。
 はっきりとした確証はないものの、朝から夕方まで一向に電話がつながらないことから、夜にならないとだめなのではないか、と天馬は推察していた。
 理由はわからないけれど、発端となるのがあの時計であるというなら、星空をモチーフにしたものだからかもしれない、と思う。
 広がる銀河と星座の絵を持つ時計だ。効力は夜限定ということなのかもしれなかった。

 そういうわけで、天馬ははやめの夕食を終えたあと、各部屋から電話を掛けた。
 一番星はとっくに出ているし、夜空には星が輝き始める時刻だ。時間という意味でなら充分に合致するはず――と思っても、電話はアナウンスにつながるだけだった。
 ただ、あまり落胆しなかったのは、薄々思っていたからだ。
 もしもあの時計の言い伝えが今現実になっているとしたら。きっとそこには件の時計がなければいけない。そうであるなら、他の部屋ではきっとつながらないだろうと天馬は思っていた。


 だから、いつもよりだいぶはやい時刻に小部屋を訪れた時、天馬の心臓はドキドキと鳴っていた。

 今までに二回、一成と電話がつながった。時間帯は双方ともに21時過ぎ。
 果たして、それよりもっとはやい時刻――19時を過ぎた時間に電話をしても一成につながるのだろうか。

 アンティークソファに座った天馬は、星空の文字盤を見つめてスマートフォンを握りしめる。
 一体どうして言い伝えが現実になったのかはわからない。だけれど、この時計の存在が一成との電話をつなげてくれるというなら、いくら感謝しても足りなかった。
 美しい時計をしばし眺めてから、天馬は慣れた動作で着信履歴から一成の番号を呼び出した。
 
 数秒経って流れたのは、すっかり耳慣れたアナウンスの音声ではなく。願い続けた呼び出し音だった。
 
思わず心が浮き立って、ガッツポーズでもしたくなってくるのは仕方ない。天馬ははやる心をおさえながら現状を確認する。
 つながった。やっぱり、大事なのは時間と場所だ。夜になってから、この時計の前で電話を掛ける。そしたら一成と電話がつながる。
 荒唐無稽で馬鹿げた話だった。もしも誰かにこんなことを言われたら、普段の天馬ならそういう設定の物語だと思うくらいだ。本気で言っているとわかれば、正気を疑うかもしれない。
 だけれど、今の天馬にとっては間違いなく現実だったし、唯一の希望でもあった。
 一成と電話がつながる。また声を聞ける。話ができる。名前を呼んでくれる。それは、ぽっかり空いた天馬の空虚をどうにか埋めてくれる事実だった。
 しばらくの呼び出しを続けたあと、コール音は唐突に途切れる。明るい声が流れ出し、天馬はほっと息を吐いた。つながった。今日もまた、一成の声が聞ける。

「はいはーい! すぐ出られなくてめんご~」
「……あ、悪い。お前も予定があるよな」

 謝罪をされたところで、天馬は気づく。
 電話がつながるか確かめたくて、いつもより早い時間に電話をかけた。しかし、一成に伝えたわけではなかったのだ。
 恐らく、今までと同じ時刻に電話があると思っていたはずだろう。だから、何か他の予定を入れていた可能性に思い至ったのだ。

「予定ってか、夕ご飯中だったんだよねん。でも、ちょうど終わったところだからだいじょぶだよん」
「いや、オレが悪かった。その、いつもより早くても電話がつながるか確かめたくて」

 素直にそう言うと、一成が電話口で笑った。いつものような弾ける声ではなく、そっとにじみだすような、やわらかな吐息で紡いだ笑い声だ。

「10月のテンテンはなんかすげー素直だよねん」

 かわいいなぁ、と言われるので何か反論をしようと思った。普段の天馬なら、「子ども扱いするな」とか「かわいいとか言うな」と返す。
 だけれど、一成の声があんまりやわらかくて、あんまりやさしいから、心にすとんと言葉が落ちた。素直だと言われた通り、ありのままの声がこぼれ出る。

「できるならもっと長く話してたいんだよ。ただ、お前の負担にはなりたくないから、何か用事があるなら言ってくれ」

 今の自分にはいくらでも時間があるから、電話がつながる限り一成と話をしていたいと思う。しかし、9月の一成はそうではない。
 あっちには夏組やカンパニーのみんながいる。彼らと過ごす時間を一成は大事にするだろう。
 それに、芝居の練習や大学の課題だってあるはずだし、9月の一成はいつも通りの日々を過ごしている。それはきちんと守ってやりたかった。

「やっぱり、テンテンはテンテンだよねん。うん、気遣ってくれてありがと! でも、昨日も言ったけどオレ今週は倉庫に引きこもりんぐだからだいじょぶだよん!」
「つまり課題があるんだろ。無理をさせたいわけじゃない」
「まあ、そこは確かにちょっとあれだけど、オレ、スイッチ入っちゃえばだいじょぶだし――それに、10月のテンテン、何か一人にさせておけないって感じするし?」

 冗談めいた言葉だった。ほとんどいつもの軽口で、ふざけたような口調。単なる雑談だと流しても問題はないような響き。
 だけれど、それが一成の気遣いだと天馬がわからないはずがなかった。
 一成は人のことをよく見ている。電話越しだって、天馬の変化くらい簡単に拾い上げてしまうのだ。
 いつもと違う様子の天馬だからこそ、電話に対する強い願いを感じ取っているからこそ、一成は天馬との電話を大事にしようとしてくれている。
 本当は、そんなこと気にしなくていいと言えばいいと思った。お前の課題を優先させろ、やるべきことをきちんとやれと、言ってやりたかった。だけれど。

「……本当にまずくなったら言ってくれ。だけど、そうじゃないなら電話してくれると嬉しい」

 今だけは一成のやさしさに甘えたいと天馬は思う。
 つながらないはずの電話がつながって、再び一成と会話を交わせる喜びにはどうしたって抗えなかった。自分のできる全てで、一成との時間を守りたかった。

「おけまる~! 素直なテンテン、マジでめっちゃ貴重だし――テンテンと話すの、オレも好きだからねん!」

 明るい声で一成が言ってくれるので、天馬はほっと息を吐く。その様子を感じ取ったらしく、一成は再び声を紡いだ。

「よくわかんないけど、10月のテンテンと話ができるとか、テンアゲ体験だし! オレ不思議な能力現れちゃったのかな? それとも、テンテン?」
「ああ、それなら……いや、かなり馬鹿みたいな話だぞ」

 一応の予想はあるので、つい時計のことを口にしそうになる。ただ、改めて言葉にしようとするとあまりにも荒唐無稽すぎて、ためらってしまう。
 いきなり何を言ってるんだ、と思われるかもしれない。一成のことだから馬鹿にするとかそんなことは絶対しないだろうけれど。

「え、何か思い当たることある感じ? やっぱりテンテン、不思議な能力に目覚めた系?」

 興味津々といった体で一成が尋ねる。好奇心も旺盛だし、知識欲のある人間なのも知っている。だから、意味深なことを言えば食いついてくるのは予想通りだった。
 天馬は数秒考える。何でもないと言えば、恐らくそこまで食い下がってはこないだろう。だからこのまま誤魔化してもよかったのだけれど、同じくらいに話したいと思う自分を、天馬は認識していた。
 荒唐無稽な、馬鹿みたい話だ。真剣にこんな話を口にすれば、頭を疑われるかもしれない。だけれど、それでも天馬はこの不思議な話を一成と共有したかった。
「不思議だな」と言ったら「不思議だね」と返してほしかった。天馬が好きだった振り子時計の話を聞いて、今自分たちの身に起きている出来事と一緒に、同じ思い出を分かち合いたかった。

「――アンティークの時計があるんだ」

 取り繕う必要はないのだと、天馬はとっくに理解している。一成と電話がつながった時からそう思っている。
 だから天馬は、自身の心に従って今の話をすることにした。一成なら、絶対に否定しないとわかっていたこともある。

 天馬はかいつまんで事情を説明する。
 今自分がいるのは、MANKAI寮ではなく皇家の別荘であること。その部屋の一つに、振り子の柱時計があること。この時計には、過去の時間につながって話をすることができるという言い伝えがあること。
 亡くなった人と話ができる、という話は言えなかった。一成が死んでしまう事実を、未だに天馬は口に出せないでいる。

「アンティーク品いっぱいの洋館とか、マジでテンアゲじゃん! めっちゃ行ってみたい! てか、そんな別荘持ってるとかテンテンのパピーすげーね!?」

 テンション高く告げる一成は、心底楽しそうだった。恐らく、聞きたいことはいくらでもあるはずだ。
 どうして天馬は別荘にいるのか。なぜMANKAI寮にはいないのか。そこには一人きりなのか。他の夏組はどうしたのか。
 聞きたいことは山ほどあっても、一成がそれを口にしないのは、恐らくそこには何かデリケートな話がからんでいるであろうことを察したからだ。
 普段と違う天馬の様子や、やけに電話をしたがること。特定の日付を指して一人になるなと伝えられたこと。明らかに何かがおかしいと、一成だって気づいているはずだ。
 だけれど、天馬がそれを口にできないなら、一成は深く尋ねない。踏み込まれたくないラインを守ることができる人間だし、同時に天馬を信頼しているからだ。
 いつかきっと、必要な時には話してくれる。それまで待つのだと、一成は決めている。だから今は、ただ純粋に楽しそうに話題に乗っかることにしたのだろう。

「ねね、テンテン、ビデオ通話とかできないの?」

 ハイテンションを維持したまま、一成が尋ねる。どうやら、件の時計を見たいらしい。天馬は思わず答えに詰まる。
 ビデオ通話自体は、夏組で何度かしたことがある。だから、やり方はわかっている。だけれど、そのためには一旦この通話を切ってアプリを使わなくてはならない。

「だいじょぶだって、テンテン。だめだったらアプリじゃなくてこっちで電話すればいいし、オレちゃんと出るからねん!」

 電話を切る、という行為に天馬がためらいを覚えたことを、一成は敏感に察した。
 一度電話を切って、今までと違う方法で電話を掛けても一成につながるのだろうか。再び一成と話ができるのだろうか。
 不安な心を拾い上げて、一成は大丈夫だと言うのだ。どんな事情があるのか、理解しているわけではないのに。ちゃんとつながる、自分はきちんと天馬の電話に出るのだと言い切ってくれる。
 それは紛れもない一成のやさしさで、天馬はそのやさしさをずっと信じてきた。
 だから、天馬は「そうだな」とうなずいた。一成の言葉を受け取ったのだと、きちんと行動で示したいと思ったし、一成の望みならやっぱり叶えてやりたいのだ。

 小さく深呼吸をしてから、天馬は一旦電話を切る。それからアプリを起動させた。
 一成から天馬に電話を掛けても、9月の天馬につながるだけということは、すでに聞いていた。だから今回も、電話を掛けるのは自分からすべきだという判断だ。
 一成のアイコンを選び、ビデオ通話をタップした。接続中、という表示は一瞬で途切れる。次の瞬間には、画面いっぱいに笑顔の一成が映った。

「ちゃんとつながったっしょ、テンテン!」

 緑色の目をきらきらと輝かせて、大きな口を開けて楽しそうに笑って、一成が言う。その言葉に、紛れもなく目の前で笑う様子に、天馬の胸がぎゅっと苦しくなる。

 笑ってほしかった。笑顔が見たかった。

 棺の中で目を閉じていた一成を覚えている。まるで眠っているようだった。だけれど二度と目覚めないと知っていた。瞼の奥の緑色の目が輝くことも。大きな口を開けて笑うことも。二度とないと思っていたのに。
 画面の向こうで、一成が笑っている。楽しそうに、緑色の瞳を確かにこちらに向けて笑っている。
 それをどれだけ望んでいたか。どれほどまでに願っていたか。もう一度、その笑顔を表情を見られることが、こんなにも嬉しい。嬉しくて幸せで、どうしようもなく胸が苦しい。

「あれ、テンテーン? だいじょぶ? 途切れてないよねん?」
「――平気だ、悪い。ちゃんと聞こえてる」

 ひらひら、と手を動かして尋ねられるので、天馬はどうにか声を絞り出す。今にも泣き出しそうに震えていたけれど、誤魔化せる余裕は一切なかった。
 だって、一成が生きているのだ。確かに動いて、こちらに向かって話しかけてくれている。写真でもなければ、録画した動画でもない。
 今の天馬の言葉に反応して、言葉を返してくれる。真っ直ぐと目を見て、天馬の声に応えてくれる。ほんの一ヶ月前までは当たり前だった光景が、今はこんなにも愛おしい。

「そかそか、テンテンはさすがに一ヶ月じゃあんまり変わってないねん!」
「――それはそうだろ」

 体重はいくらか落ちているものの、幸い顔がやつれているということもないので、一成は気づかないだろうと思っていたけれどその通りだった。
 ただ、もしも気づいていたとしても、一成は何も言わないかもしれない、と天馬は思った。今、天馬が震える声をしていたことにだって気づいただろうに、何も言わないでいてくれる一成だから。

「テンテン、そんで、その時計ってどんな感じなん?」

 そういえばそんな話だったな、と思い出した天馬は一つ深呼吸をする。自分を落ち着かせると、スマートフォンのインカメラを切り替えて時計を映した。
 全体が収まるように、ソファから立ち上がって後ずさる。スマートフォンからは一成の声が響いた。

「うわ、すげー! マジで年代物って感じじゃん! めちゃくちゃ雰囲気あってテンアゲすぎ! 映画とかに出てきそう! 伝説持ってても全然違和感ナッシング!」

 興奮しきりの声が響いて、天馬は思わず笑みをこぼした。一成はこういうアイテムも好きそうだと思ったけれど、その予想は正しかったらしい。

「てか、この部屋なに!? わわ、蓄音機とかあるし、アンティークカップとかめっちゃあるし! やばたんすぎ! レトロな雰囲気ばっちりだし、めっちゃお洒落じゃん!」

 時計全体を映したことで、部屋自体も一成の視界に収まったらしい。アンティーク品が所狭しと並んだ部屋に、テンションの上がった一成の声が響く。
 こんな風に喜んでくれるなら、こいつを連れてくればよかったな、と天馬は思う。目をきらきらと輝かせて、楽しそうにはしゃいでくれる姿ならいくらだって見たいのだ。

「洋館全部こんな感じとか、マジでサイコーにテンアゲじゃん! テンテン、こんな場所あるって教えてくれればよかったのに!」
「オレも小さい時に来たきりだから忘れてたんだよ。でも、お前がそんなに喜ぶなら連れてくればよかった」

 心からの言葉を落とすと、一成が黙った。不思議に思ってスマートフォンを見れば、照れくさそうな一成の姿が映る。

「10月のテンテン、マジで素直だからカズナリミヨシ時々びっくりしちゃうんだよねん」

 声は冗談の響きをしているけれど、頬は赤く染まっているし眉をへにゃりと下げている。単純に照れている様子は、ビデオ通話でなければ見られなかった姿だ。

 天馬の胸にぶわりと広がるのは、紛れもない愛おしさと同じだけの悲しさだった。
 こんな風に、いつもと違った顔で照れる様子がたまらない。普段の軽い言動の奥底にある深い愛情を、細やかな心を、こうして見せてくれる。
 それが嬉しくて、だけれど全てが過去のものだという事実に、天馬の胸はつぶれそうになる。

「でもやっぱり、時計が一番目立つよねん! 文字盤が星空っていうのも綺麗だし、周りの絵もなんかめっちゃお洒落じゃない?」
「これは確か星座モチーフになってるはずだ。一番上が、弓を持ってる人――じゃないな、下半身が馬で上半身が人間の、ケンタウロスだったか。それだ」

 気を取り直したような調子で一成が言うので、天馬も同じように答えを返した。時計に近寄り、文字盤にカメラを向ける。

「ってことは、いて座だねん。隣はやぎ座で、次はみずがめ座かな~?」

 天馬はそこまで明確に星座を認識しているわけではない。ただ、描かれる絵は精緻なものなので、おおむね予想はつけやすかった。
 一成ならすぐにわかるだろうと思えば、案の定スラスラと星座の名前を口にする。

「なる~。めっちゃ星とか銀河とか宇宙って感じの時計だからっぽい感じすんね。星見ると願い事したくなるし、宇宙ってめっちゃ壮大じゃん? 時間の概念、ちょっと違うもんね。それに、古い時計っしょ、これ」
「そうだな。大正時代に作られたとか言ってたと思う」
「100年前くらいっしょ。だけどめっちゃ綺麗だし、大切にされてたんだと思うな。それなら不思議な力くらい持っててもおかしくないかもねん」

 さも当然のような口ぶりで、一成が言う。天馬は思わず目をまたたかせて、スマートフォンの画面を見つめた。
 一成はいたって普通の、いつも通りに笑顔の気配を漂わせた表情を浮かべている。天馬はしみじみとした調子で言葉を落とした。

「オレが言うのも何だけど、相当馬鹿みたいな話してるのによく信じるよな」
「え、テンテン、ガチで呆れてる系? 顔見えないとちょっち不安なんだけど!」

 若干心細そうな声で言う。天馬がカメラを切り替えると、ほっとしたような顔の一成が映る。天馬は心からの言葉を返した。

「呆れてないから安心しろ。むしろ、ありがたいと思ってるし、その、信じてくれて嬉しい」

 どう考えたって、信じられる要素なんてほとんどない。
 生放送中のはずなのに天馬から電話が来た、という事実くらいが不思議な話ではあるけれど、だからといってそれが未来からの電話であるという確証にはならない。
 それなのに、一成は何の疑いも見せずに「10月の天馬と電話がつながった」ということを受け入れたのだ。
 一成は天馬の言葉に、ぱちくりと目をまたたかせた。それから、日常会話の延長線上にある声で告げる。

「だってテンテンだし」

 太陽が出たら晴れになる、とか。雨が降ったら傘をさす、だとか。それと同じ響きで一成は言った。これが世界の常識だと言わんばかりの様子だった。

「テンテンはさ、こういう嘘でオレをからかったりしないっしょ」

 天馬は、いくらでも人を騙せるくらいの演技力の持ち主だ。だけれど、その演技力で誰かを謀ったりだとかからかったりなんてしない。むしろ、天馬自身が騙される側に回るほうが多い。

「オレたちは、テンテンのことからかったり嘘吐いたりはするけどねん!」
「そうだな……お前らには散々玩具にされてる……」

 思わず遠い目になってしまったのは、これまでの夏組からの仕打ちを思い出したからだ。
 悪意がないことはわかっている。ただ、面白がられていることは理解していたし、一成なんて嘘だか本当だかわからないことを言うから、しょっちゅう騙されていた。
 今なら、そうやって騙された記憶すらも全部大事に抱えているけれど。くだらない嘘を吐いて、からかってほしいとすら願っているけれど。

「でも、テンテンはそういうことしないってわかってるし」

 そう言った一成は、きゅっと目を細めた。突き抜けた明るさではなく、やわやわとにじみ出す笑みだ。一成の心の奥底からこぼれ出るような。やわらかくて、どこまでも澄み切った笑みで、一成は言う。

「それに、テンテンが大事なこと話してるかどうかってくらい、オレにもわかるよ」

 声だけだって、顔が見えなくたって、わかるよ。
 目を細めた一成が浮かべた表情が、声にならない言葉すら伝えてくる。

 馬鹿みたいな話だ。荒唐無稽な話だ。だけれど、一成は当然のように受け入れた。
 他でもない天馬の言葉だから、と。天馬が込めた心を確かに拾い上げて、どれほど真摯に語られた言葉であるかを理解したから。
 それは、間違いようもなく一成から天馬に向けられた信頼だ。きっと一成は、天馬が言ったならどれだけ馬鹿みたいな、有り得ない話だって信じるのだ。他でもない天馬の言葉なら。
 真っ直ぐと向けられる信頼は、一成の中でどれほどまでに天馬の存在が大きいかということの証左でもある。
 そうやって、心の全てを預けるような真摯さで信じてくれる。
 嬉しかった。胸がいっぱいになって、喜びがあふれていく。こんなにも大切な思いで思われていることが嬉しくて、幸せで、失ってしまったことが悲しくて、苦しかった。

「――ありがとな」

 それでも今、一成に返す言葉はこれなのだとわかっている。信じてくれて、心の内側に入れてくれて、一片も疑わずにいてくれて、ありがとうと言いたかった。
 一成はふにゃりと笑って首を振る。こんなの当然だし、という言葉は心からのものだろう。それを見つめる天馬は、何かを返してやりたいと思う。
 一成は、天馬の言葉一つだけで充分だと言うけれど。もっと確かな事実として、今日が確かに一ヶ月後なのだと伝えてやりたかった。今ここで言葉を交わす自分たちは、夢や幻ではなく確かな現実なのだと一成に言いたかった。
 もしもテレビや新聞があれば、それを見せてやればいいけれど、ここにはそんなものがないのだ。パソコンは恐らく管理人夫婦が住む離れにはあるだろうけれど、洋館には置いていない。
 あるのは確か、ラジオの類だけで――と思ったところで気づく。そういえば、食堂に小さなラジオがあった。
 天馬は「少し待ってろ」と告げて、小部屋を出る。スマートフォンを持ったまま食堂へ向かい、ラジオを持って部屋へ戻る。
 その途中でスマートフォンをのぞきこんだ天馬は、ぎょっとして立ち尽くした。さっきまで一成が映っていたはずの画面が真っ暗になっていたからだ。
 ビデオ通話の状態は維持されている。相手側である一成の画面だけが真っ暗になっていて、アイコンも何も見えなかった。
 呼びかけても答えはないし、考えてみれば、声が全く聞こえなくなっていた。通話が切れてしまった? 一体どうして。何かボタンを押してしまったのか。思いながら、焦って小部屋に戻る。もう一度通話を再開させなければ、とスマートフォンを操作しようとした。

「テンテン、聞こえてる~?」

 しかし、操作するよりはやく声が響いた。慌てて画面を見ると、心配そうな表情の一成が画面に映っていた。天馬はほっと息を吐く。

「あ、テンテンだ。いきなり画面暗くなって、テンテンの顔見えなくなっちゃってマジ焦った! 通話中になってんのに、アイコンとかも全部なくなっちゃうし!」

 電波めっちゃちゃんと立ってんだけどな~と不思議そうな顔で一成がつぶやいている。天馬も同意の言葉を返し、こっちの接続の問題かもしれない、と続けようとしたところで目の前の時計に気づく。
 一成との電話がつながるのは、時計の言い伝えが現実になったからだと天馬は考えた。この時計の前で電話を掛けることが条件だと。
 それはつまり、時計の前から動いてしまっては効力が発揮されないということではないか。現に今、天馬がこの部屋を出た時に画面は真っ暗になり、戻ってくれば再び電話がつながったのだ。
 天馬は少しだけ考えてから、一成に自分の仮説を話してみることにした。
 馬鹿げた話でも信じてくれるのだと、わかっていたということもある。同じように時計の言い伝えを目の当たりしている一成とは、同じものを共有したいという気持ちもあった。

 一成は天馬の言葉を興味深そうに聞いたあと、「なるなる~」と納得していた。
 ついでというわけではないけれど、今朝からの検証結果も伝えれば、一成はしみじみとした口調でつぶやく。

「やっぱり、不思議なアイテムってそゆとこ妙に厳格だったりするよねん。てか、それくらい限定されないと混乱しちゃうだろうし」

 確かに、いつでもどこでも、過去の時間とつながって話ができるという事態になれば、大きな混乱を生むことは目に見えている。
 天馬は一成の言葉に納得するとともに、本当にこいつは受け入れるのがはやいよな、と思っていた。
 それは一成の得難い資質であり、天馬が好ましく思う点でもある。そうやって、何だって受け入れてやわらかく抱きしめてくれる彼の美点を、天馬は殊の外大事にしてやりたいと思っていた。
 果たしてそれが友情としてなのか、別の意味を伴うのかはわからなかったけれど、今の天馬はしかと理解している。
 一成は天馬からの相槌を聞くと「そういえば」といって言葉を継ぐ。軽やかな雰囲気で尋ねる。

「テンテン、ラジオ持ってきてくれたんでしょ?」
「――ああ、一応な。外部からの情報ってことで信憑性はあるだろ」
「そんなことしなくたって、オレは全然信じるけどねん」
「知ってる」

 言いながら、天馬はラジオのスイッチを入れた。ニュース番組でもやっていないだろうか、と周波数を探していると一成が「それにしてもさ」と声を上げる。
 ちらりと見れば、机の上に立てかけたスマートフォンでは、楽しそうな顔の一成が映っていた。

「新聞もテレビもパソコンもなくて、ラジオだけはギリあるってすげーよね。しかもそれで、アンティークいっぱいの洋館っしょ。絶対テンアゲなロケーションじゃん」
「……まあ、雰囲気はあるよな。周りも森だし、ちょっとこう、映画に出てきそうな洋館っぽさはある」
「森の中にたたずむ洋館、中にはアンティーク品が並んでるって、完全に映画の冒頭じゃね?」

 ファンタジーとかミステリーが始まりそうだ、と笑う一成は心底楽しそうだった。確かに、ロケーションとしては充分だろうと天馬も思う。

「てかオレら今完全に、映画みたいな事態になってるけどねん。この場合、主演ってどっちなんだろね」

 時間を飛び越えて電話のつながる二人だ。確かにこの状況は、何かしらの物語の一幕に相応しい。その場合、天馬と一成のどちらかが主演になり、もう片方が準主演を務めるのだろう。
 そんな風に二人、舞台に立ちたかった。MANKAI劇場のあの舞台に、主演と準主演として立つ未来がいつか来るはずだったのに。一成を失って、その未来は永遠に失われてしまった。だからこそ、天馬は言った。

「オレは、お前の主演が見たい。そしたら、オレが準主演としてお前のことを支えてやる」

 もしも願ってもいいのなら。舞台の一番真ん中で、スポットライトを浴びて芝居をする一成が見たかった。
 そんな一成を支えて、とびきりの舞台を作り上げたかった。心からの思いを込めて伝えれば、一成は一瞬だけ黙ってからふわりと笑う。

「テンテンと二人だったらすげー舞台になるの間違いなしじゃん? いつか絶対できるっしょ」

 楽しそうな口調は、これから先の未来を微塵も疑っていない。それはそうだろう。一ヶ月前の天馬だって、一成が共にいる未来は当たり前のものだと思っていたのだから。
 顔が歪んでしまいそうになって、天馬は手元のラジオに意識を集中させる。時間帯としてちょうどよかったのか、ようやくニュース番組に行きあたった。
 天馬はスマートフォンの前に小型のラジオを置く。ラジオからは落ち着いた声で「10月3日のニュースをお伝えします」という言葉が流れた。
 一成はぱちりと目をまたたかせると、面白くて仕方がない、といった調子で笑い出した。

「マジで10月じゃん!?」

 続くニュースにも耳を傾けているらしく、「うわ全然知らないニュースやってんのテンアゲすぎ!」と笑っていた。いっそ浮かれるような様子で、心底楽しそうだった。

「疑ってたわけじゃないけどさ、でもやっぱマジで10月って言われると何か感動すんね!」

 きらきらと目を輝かせてそう言うので、やっぱり聞かせてやってよかったな、と天馬は思う。
 それに、嘘でも妄想でもなく本当に10月なのだと伝えることは、今ここで言葉を交わす自分たちが確かな現実なのだと、はっきりと宣言するような力強さがある。
 ラジオがなくたって一成が信じてくれたことはよくわかっているけれど。

「――あ、そかそか。10月ってことは、近日点通過してるんだねん」

 そういえば、といった調子で一成が言葉をこぼす。何の話かと思えば、ニュースで流れる「今日の彗星情報」を聞いての感想らしい。
 彗星、と天馬は思う。夏組みんなで花火をした。夏の大三角形を眺めながら、彗星をみんなで見ようと話していた。交わしたはずの約束だった。
 あの時、一成が見ようと言っていた彗星は、一体なんて名前だったか。ニュースに耳を傾けても、すでに彗星のコーナーは終わっていた。

「――その、一成。お前が見たいって言ってた彗星って、どんな彗星なんだ」

 天馬はあまり天体に詳しくない。だから、彗星の名前もいつ見えるのかもまるで知らなかった。一成から聞かされなければ、秋に彗星が見えるなんて情報もすぐに忘れていただろう。

「彗星って言っても、オレはあんまり詳しくない。いつ頃見えるのかとか、その辺もよくわかってないんだ」
「なるなる。それじゃ、カズナリミヨシが教えてあげるよん!」

 恐らく一成から話は聞いていたはずだ。それをすっかり忘れているというのに、一成は嫌な顔一つせず口を開く。天馬は申し訳ないと思いつつ、その話を聞いている。

「カロン彗星って名前の彗星で、これは発見した人の名前からつけられてるよん。57年に一度地球に接近するから、一生に二回見られるかもって感じの彗星!」

 彗星は軌道を描いて公転するため、星座と違って見える位置は常に同じではない。加えて、最初の内はとても肉眼で見ることはできないため、天文家でなければ存在を確認することは難しい。
 それが肉眼で確認できるようになるのが、9月の中頃なのだという。

「オレのほうは今全然見えないけど、9月の真ん中くらいには肉眼で見えるようになる予定! 確か、夕方くらいから明け方まで北西の空に見えるんじゃなかったかな~? 最初は地平線の近くって感じだけど、日に日に高度が高くなるから、バッチリ見えるようになるよん!」

 ただ、彗星を観測するなら10月以降のほうがいいのだと一成は言う。9月でも彗星は見えるけれど、10月以降のほうが綺麗な尾が見えるから、と。

「彗星って長い尾があるじゃん。あれって、太陽に近づいたあとのほうが綺麗で長くなるんだよねん。バラバラになって崩壊しちゃう可能性もあるんだけど、さっきのニュース聞いてたらちゃんと通過できたみたいだし!」

 太陽に最も近づいた時、彗星は崩壊して消滅してしまうこともあるらしい。
 しかし、無事に通過できたなら美しく巨大な尾を作って夜空を渡る。空を彩るようなその姿をみんなで見たいと一成は望んでいた。

「太陽に一番近くなる時って近日点って言うんだけどさ。確か、9月の終わりくらいが予想だったかも! オレ的にはまだ遠いけど、テンテンは結構最近じゃね?」

 口にされた言葉に、天馬の心臓が速くなる。
 9月の終わり。一成の通夜と告別式を終えて、夏組がバラバラになった。電話の向こうの一成は9月3日を生きている。だから、こんなひどい結末が待っているなんて微塵も思っていないのだ。

「オレ絶対騒いでそうなんだけどな~。テンテン、もしかしてオレの話適当に聞き流してたんじゃね?」

 わざと不貞腐れるような顔をして、一成が言う。天馬はどんな顔をすればいいかわからなくて、だけれど泣き出しそうな顔をしてはいけないことだけは理解していた。
 だから顔をしかめて答える。泣きそうなのをこらえているから、嘘でも何でもなかった。

「お前がいつもうるさいのが悪い。彗星の話だかなんだか、わかんないだろ」
「たかし~」

 けらけらと一成が笑った。もしも一成が生きていたら、きっと彗星の話をしていたと天馬は思う。
 今日太陽通過するんだって! 無事に通過できたらめっちゃ綺麗な彗星が見られるからさ、絶対みんなで見ようねん! そうやって笑っている姿が簡単に想像できるのに、そんな光景は訪れなかった。

「でもでも、みんなで彗星見ようって話はしてるっしょ!? オレ夏から言ってるし!」
「そんな話はしてる」

 とっさに天馬はそう答えた。9月に入ってから一成が彗星の話をしていたかは定かではない。
 ただ、約束をしていたのは確かだし、もしも一成が生きていたならきっと、10月のどこかで彗星を見る計画を立てていたはずだ。一成はニコニコと嬉しそうに答えた。

「だよねん! それじゃ、いつ頃になるかな~。みんなで見られるの楽しみだし、絶対そっちのオレめちゃくちゃ色々計画してるっしょ。あ、もしかしてテンテンにはサプライズかも!? テンテン、ちょっと聞かなかったことにして!」

 ウキウキとした調子で言ったかと思えば、気まずそうな表情を浮かべて、最終的には懇願して手を合わせる。
 くるくるとよく変わる表情を眺める天馬は、笑いたいような泣きたいような気持ちになる。
 一成だ、と思うのと同時に、今の自分たちは彗星を見る計画なんてまったく立てていない現実を思い知らされる。だって一成はいないのだ。

「あとテンテン、そっちのオレに9月のオレがよろしくって言ってたって言っておいてねん!」

 ぱっと顔を輝かせた一成が言う。天馬しか電話に出ないので、もしかしたら天馬が一人きりという可能性には思い至っているのだろう。
 だから、自分を電話に出してほしいとは特に言わず、よろしく伝えてほしいと天馬に告げた。そこにはいなくても、天馬と連絡くらいは取っているだろうと思っているのだ。
 夏組は距離を隔てたって、変わらず強いつながりで結ばれているに違いないから。

「――ああ」

 どうにか天馬はそれだけ答えた。
 電話の向こうの一成は、そっちのオレによろしくと言う。10月の一成。夏組の一員として、当たり前のように存在しているはずだった。一片たりとも疑う必要もなく、そうあるはずだった。だけれど天馬は知っている。声にならない声で一成に答えた。

 いないんだよ。お前は、世界中どこを探したっていないんだよ。

 10月のこの世界に、一成はいない。9月のあの夜に、物言わぬ亡骸となってしまった。二度と瞼を開くこともなく、大きな口で笑ってくれることも、名前を呼んでくれることもなく。
 そうして一成は小さな骨になってしまった。10月を迎えることなく、この世界からいなくなってしまった。
 天馬はスマートフォンの一成へ目を向けた。軽やかな笑顔で、天馬の名前を呼んでくれる。望んでいた。願っていた。話ができて嬉しかった。声を聞けて、名前を呼んでくれて嬉しかった。
 無意識のうちに手を伸ばしていたことに気づいて、天馬はゆるゆると腕を下ろした。
 いくら手を伸ばしたところで、触れるのはスマートフォンの画面だ。やわらかな体温も、ふわりと香る匂いも、くすぐったくなる髪の毛も、何一つ感じることはできない。
 9月の世界に一成はいても、10月のこの世界に一成はいないのだ。

「テンテン?」

 黙り込んでしまった天馬に気づいて、一成が首をかしげた。その顔に、天馬の胸が苦しくなる。
 会いたい、と思う。一成の体に触れて体温を感じて、細い体を抱きしめたい。だけれど、どうしたってできないのだ。この世界のどこにも一成はいない。

「一成」

 お前に会いたい。画面越しじゃなくて、目の前にお前がいてほしい。声を聞けるのに、お前との距離はこんなにも遠いんだ。
 うわごとのように名前を呼んだ天馬は、喉元まで出かかった言葉をどうにか飲み込む。何も知らない一成に心のままに全てをぶちまけてはいけないと思う程度の理性は残っていた。

「いや……一成が二人そろうとうるさそうだなと思った」
「ひどくね!? 否定はしないけど!」

 何を言えばいいかわからずこぼした軽口も、一成は明るく笑って受け止める。その姿にほっとしていると、一成は「そういえば」という顔で言葉を続けた。

「そっちの夏組とこっちの夏組が顔合わせたらどーなるんだろね! お互いめっちゃくちゃ話合うから盛り上がるんじゃね?」

 むっくんは漫画みたいって喜びそうだし、くもぴとかめっちゃテンアゲでしょ。ゆっきーはアイディア出し合えるし、すみーは二人でサンカク探し行っちゃいそう!

 続いて語られる言葉は、夏組のそれぞれを思い浮かべてのやけにリアルな想像だ。
 もしも9月と10月の夏組が出会ったらきっとそうするだろうと思えるような。一成は、すみーだったら、ゆっきーだったら、くもぴだったら、むっくんだったら、と次々想像を広げていく。

 天馬は一成の口から語られる夏組の様子を聞きながら、自分の思考をなぞった。

 ずっと考えていたことがあるのだ。
 オレは今、一成とこうして話ができる。それなら、あいつらは? あいつらにも一成の声は聞こえるだろうか。
 これはオレの妄想じゃないと信じているけれど、夏組のあいつらにも、一成の声を届けることはできるだろうか。画面越しでも会わせてやることはできるだろうか。

 リーダーとしてできることもなく、逃げ出すようにここまでやって来た。そんな自分を天馬は強く自覚していた。だからこれは、リーダーとしてではなくただの皇天馬としての決意だった。

「なあ、一成。お前に頼みがある」

 タイミングをうかがって口を挟めば、一成はすぐに答えた。どんな話か、何をするのか、一つも聞かずに答えた。

「いいよ」

 天馬の頼みなら何だって引き受けるのだと、当たり前の顔をしてうなずいた。