一億光年の恋 14話




 玄関の扉を開けると、買い物袋を抱えた椋が立っている。椋は一瞬だけ目を丸くしてから、すぐに「天馬くん、ありがとう」と笑った。

「ちょうど通りかかったところだったからな」

 大したことじゃない、という素振りで言ったのは椋に気を遣わせないためだ。
 椋は未だに、扉を開けることができない。だから、一緒にいる誰かまたは察した人間が扉を開ける。
 今回は天馬が、玄関ホールで車の停まる音を聞いた。窓から視線を向ければ買い物袋を抱えた椋がこちらにやってくるところが見えた。
 昼の買い出しから帰ってきたことに気づいて、出迎えのために扉を開いたのだ。椋は、天馬がわざわざ扉を開けてくれたことを察して、恐縮したように体を縮こまらせている。

「車のドアなら開けられるようになったんだけど……こういう扉はまだちょっと難しくて」

 室内に入り、閉じられた扉を見つめる椋は申し訳なさそうに言う。屋内に通じる扉は、202号室での日々を思い出してしまうようで未だに体が強張ってしまう。
 ただ、車のドアのようなものなら開けられるようになっていた。ひどい時には、食器棚や冷蔵庫の扉でさえも開けられなかったので、大した進歩だと言えるだろう。
 気にすることじゃない、と告げてから天馬は話題を変えるべく口を開いた。実際疑問に思っていたことも本当だ。

「九門も一緒に買い出しに行ったんじゃなかったか」

 確か、昼食の買い出しは管理人と椋、それから九門だったはずだ。椋は、抱えた荷物の袋を持ち直しながら答える。

「買い出しが多くなっちゃって、大荷物になったから保管庫のほうへ持っていくんだって。管理人さんは大丈夫ですって言ってたけど、九ちゃんが重い荷物なら任せてって言って手伝ってるんだ」

 穏やかな調子で椋が言い、ゆっくりと歩を進める。保管庫は管理人夫妻が住む離れのほうにある。椋だけ先にこちらへ下ろし、車は離れへ向かったらしい。

「お昼ご飯の分はボクが持ってるから、先に冷蔵庫とかに入れておこうと思って。今日は、三角さんのリクエスト通り、色んなおにぎりの予定だから具になるものをたくさん買ってきたんだ」

 キッチンへ歩き出すので、天馬もあとに続いた。椋もだいぶ力があることはわかっているから、荷物持ちのためではない。単純に仕事を手伝おうと思ったからだ。
 寮ほどではないにしても、5人分となればそれなりの分量になる。おにぎりの具になりそうなものがあまりなかったし、おにぎり以外に煮物や汁物も加わるらしい。買い物袋はいっぱいに膨れていた。

「天馬くんのお仕事は大丈夫なの?」

 長い廊下を通り、洋館の端にあるキッチンに辿り着く。中央にある作業台へ買い物袋を置いた椋が、穏やかに問いかける。
 今日の予定については椋も把握していたから、疑問に思ったのだろう。天馬はこくりとうなずいた。

「ああ、幸と三角がいるから多少抜けたところで問題ないだろ。椋を放ったらかしにしたほうが、あとでうるさい」

 幸と三角は管理人の奥さんの手伝いとして、今日はリネンの類を洗濯予定だ。天馬もそこに加わるはずだったけれど、椋が帰ってきたのを察してこちらへ向かったのだ。人手はあるので多少の遅れは問題ないと判断した。
 椋は少し申し訳なさそうな顔をしたものの、天馬のことだから純粋に気遣ってくれてのことだと理解して「ありがとう」と笑った。ささやかな笑みだった。

「まあ、手伝うって言っても力になってるかと言えば疑問だけどな。手伝いするって言ったら恐縮されたくらいだし」
「お客様にそんなことさせられませんって、ボクたちも言われたけど……。昼間はあんまりやることがないから……」

 袋から大根や人参を取り出した椋は、少しだけ困ったような表情でつぶやいた。天馬はそれらを受け取って、所定の場所にしまいなら手伝いを申し出た時のことを思い出す。
 管理人夫妻は、天馬たち夏組の言葉に「とんでもない」と首を振った。お客様にそんなことをしていただくわけには、というのももっともな話だろう。
 ただ、実際人手があって困るということもなかったし、何より夏組としてもやるべきことがあったほうがよかったのだ。
 何せ、一成と電話がつながるのは日が沈んで以降のため、昼間は比較的時間に余裕がある。その間が手持ち無沙汰になるよりは、仕事があるほうがよかった。
 椋は手を止めると、しみじみとした口調でつぶやく。昼間は電話がつながらないという事実から思い至ったものが言葉になる。

「大体日没後から明け方まで、夜の間だけ。時計のあるあの部屋で、天馬くんのスマートフォンから電話を掛けた時だけカズくんとつながる、なんて不思議だよね」

 今日までの間に、夏組は電話のつながる条件の検証を行った。結果として、天馬の推察がおおむね正しかったことが証明された。
 ただ、時間と場所以外に新しく判明した条件は、天馬のスマートフォンでだけ一成と電話がつながるというものだった。
 全員スマートフォンは持っていたから、同じ条件下で一成へと電話を掛けた。しかし、誰の電話も無機質なアナウンスが流れるだけで、一成とつながることはなかったのだ。
 唯一電話が通じたのは、天馬のスマートフォンを使った時だけだった。
 やっぱりリーダーだからなのか、なんて言って天馬以外の夏組は納得していたけれど。
 天馬は内心で、どこか気まずさを感じていた。リーダーとして自分が何か出来たとは思えないのに。天馬以外が当たり前のように「リーダーだから」と納得してくれることが申し訳なかった。
 ただ、理由はわからないながら天馬のスマートフォンだけが一成とつながるというのは、紛れもない事実だ。そのため、夏組全員天馬のスマートフォンを常に気に掛けるようになった。 基本的にはいつもポケットに入っているので問題はないだろうけれど、充電はちゃんとあるか、どこかにぶつけたりはしていないか、とあれこれ気にしているのだ。

「管理人の奥さんにも、色々と聞いてみたんだ」

 買ってきたものを再び取り出す椋は、唇に笑みをのぼらせながらそう言う。
 椋は食事の手伝いや食器洗いなど、キッチンでの手伝いも多いので管理人の奥さんともずいぶん仲良くなったらしい。
 ささやかな、言い伝えというより単なる噂話のようなそれらを色々と聞かせてもらったのだろう。

「やっぱり、夜になると亡くなった人と話ができるって話が多いみたい。ただ、話はできなくて声が聞こえるだけ、亡くなった人の姿が見えるけど会話はできない、っていう噂のほうがメインで、どっちかっていうとお化けが出る時計って言われてたみたい。それを先々代の方が引き取ったって話だったよ」

 取り出された品物――鮭やいくらの瓶詰を冷蔵庫に仕舞いながら、天馬は椋の話を聞いている。
 明確に「話ができる」「会うことができる」という話は、ないわけではないけれど数は多くないという。
 どちらかといえば、どこからともなく亡くなった人の声が聞こえたり姿が見えたりする、というオカルトめいた噂話がついて回る時計だったようだ。

「詳しい話なら、管理人さんのほうが詳しいって言ってたから、もしかしたらもっと別の話もあるのかもしれないけど……だけど、ボクはもう、カズくんと会えたってだけで充分だよ」

 どういう理屈が働いているのか、興味がないわけではない。ただ、今の夏組にとって大事なのは理由ではなく、一成とまた話ができる、また会えたという現実だけだった。椋が目を細めて言う通り。

「おとぎ話や奇跡みたいで、どうしてそんなことが起きたかなんて一個もわからないけど。この奇跡みたいな全てを受け取りたいって思うんだ」

 落ち着いて、穏やかな声をしている。しかし、声の端々にどこか凛とした強さを秘めている。
 天馬は真っ直ぐと椋を見つめた。未だに本調子ではないのだろう。出会ったころにも似た弱々しさが、完全に拭い去られたわけではない。それでも、今の椋には立ち上がろうとする意志が宿っている。

「おとぎ話でも、奇跡でも。本当はただの幻覚で、ボクたち全員がおんなじ夢を見ているとしても。今度こそ、カズくんを助けるんだ」

 ゆっくりと椋は言った。真っ直ぐと見つめる天馬の視線を受け取って、同じように返す。わずかに震える声は、あの夜のことを思い出したからだろう。

 帰ってこない一成を探して走り回った。体力が尽きるまで走っても一成は見つからないまま時間だけが経っていく。椋たちの代わりに夜へ飛び出したのは、天馬と三角だった。祈るようにその背を見送って、一成と一緒に帰ってきてくれることを願った。
 しかし、願いは叶わない。それどころか、帰ってきて告げられたのは、残酷な事実だった。
 二度と一成は帰らない。一緒に少女漫画を読むことも、感想を言い合うことも、おんなじ部屋でおはようとおやすみを交わし合うことも、二度とできない。
 その現実を思い出して怯みそうになりながら、それでも椋は言うのだ。今度こそ、あの時助けられなかった一成を助けるのだと。

「――ああ、そうだ。オレたち全員で、一成を助けるんだ」

 きっぱりと天馬は答えた。理由も理屈もわからない、奇跡みたいな出来事が今自分たちに起きたのなら。それを使ってやるべきことは一つだけだ。だから天馬は力強く言う。

「一成には、悲しい顔も苦しい顔も似合わない。あいつにはいつだって笑っててほしい。無理させたいわけじゃないけどな。でも、ずっと笑っててほしい。そういう未来を守るんだ」

 椋の言葉に答えるように、天馬も言葉を重ねた。一成を助けたいという意志を、きちんと形にして伝えたいと思ったのだ。
 椋は一瞬、目をまたたかせたあと、すぐに笑みを浮かべた。ふわりとした、やわらかい微笑。今までのものとは違って、一成がいたころの笑みに似ていた。

「うん。ボクも、カズくんにはずっと笑っててほしいな。カズくんの笑顔を見ると、ボクすごく嬉しくなるんだ。いつもの明るい笑顔もだけど、すごくやさしく笑ってくれると、胸がきゅーってなっちゃう」

 初めて一成と出会った時は、仲良くなれるか不安だった。年上のお兄さんということもあり、どう接すればいいかわからなかったのだ。しかし、一成はそんな心配をすぐに消し去ってくれた。
 一成を椋のことを過度に年下扱いすることもなく、ネガティブな物言いも楽しそうに笑って受け取ってくれた。
 椋が好きなもの、椋が大切に思うものを一緒に大切にしてくれた。何よりも椋自身を、宝物みたいに思ってくれていたのだと知っている。
 同じ部屋で過ごした日々は、椋にとっての掛け替えのない毎日だ。一緒に過ごして、嫌なことも辛いことも一つだってなかった。
 一成は椋に向ける親愛の情を隠すこともなかったし、それは椋だって同じだ。
 大事だった。大好きだった。大切だと告げるまなざしで、目を細めて笑ってくれる。椋の心を受け取って、やわらかく抱きしめてくれる。
 共に過ごした日々で思い出すのは、笑顔ばかりだ。楽しかった。嬉しかった。大好きだった。
 二人で少女漫画を読んで少し寝過ごしてしまった朝も。お昼にお弁当を作って持たせてくれたことも。帰り道で偶然出会って二人でコンビニに寄ったことも。
 一緒にお茶を飲んで今日の話をしたことも。ベッドに入ってこそこそと秘密を打ち明けるように、ささやかな話をした夜も。
 全てがみんな大切で、思い出す度に椋は理解する。名前を呼んでくれる。笑ってくれる。大切なのだと全身で伝えてくれる。一成のことが、椋は大好きだった。

「カズくんは、すごく綺麗に、やさしく笑ってくれるよね。ボク、カズくんがそうやって笑ってくれるのが好きだな」

 宝物を取り出す素振りで告げる椋に、天馬も肯定を返した。
 普段ならきっと、こんなに素直には言えない。だけれど、今の天馬は大好きなのだと声にしたかった。伝えることができなかった現実を知っているからこそ。

「そうだな。普段の明るい笑顔は周りを全部照らすみたいだ。あいつがそうやって笑ってくれることで、ずいぶん助けられた」

 一成の明るさは、周囲をぱっと華やがせるような力を持っている。うるさいとか騒がしいとかさんざん言われるけれど、誰もが何だかんだで理解しているのだ。
 一成がそうやって、光を放って笑ってくれることが、周囲の空気をがらりと変えて明るいほうへと連れていくことを。
 天馬はそれを思い出しながら、さらに言葉を続ける。ピカピカとした笑顔はもちろん好きだ。だけれど、それ以外の笑顔だって天馬は大好きだった。

「一成のやわらかい笑顔も好きだ。照らすっていうより、夜に灯る明かりみたいだ。ひどく目立つわけじゃないけど、心の奥にすっと入ってくる。寄り添って、ずっと隣にいてくれるみたいなそういう笑顔だ。そういう風に一成が笑ってくれるとほっとするし、嬉しい」

 素直に言えば、椋が「うん」とうなずいた。天馬の心を余すところなく受け取ったみたいな、そんな肯定だった。天馬が直接伝えられなかった心を、しかと握りしめるような。

「カズくんにはたくさん笑っててほしいな」

 心からの椋の言葉に、天馬はうなずく。一成はたくさんの笑顔を持っている。自分の心を上手く隠すための仮面という側面もあったけれど、夏組として過ごす一成にそんなものは必要ない。
 だから、心をそのまま取り出すみたいな笑顔をたくさん浮かべていてほしいのだ。夏組全員がそう思っている。

「カズくん、びっくりしちゃったと思うしきっとショックも受けたと思うけど、ボクたちの話ちゃんと聞いてくれてよかったな」

 買い物袋の中身をあらかた仕舞い終えたころ、ぽつりと椋が言った。何の話をしているのか、天馬はすぐに察する。一成に全てを話した時のことだ。
 一成には己の死を知らせるだけではなく、さらにもう一つの事実を告げなければならなかった。一成は死ぬ。それも、誰かの手によって殺される。
 さすがにショックを受けていたようだけれど、一成は気丈だった。「そっか」とうなずいたあとは、自分は何をすればいいのかと尋ねたのだ。

「あれだけ言い聞かせたんだから、事件現場には近づかないだろ」

 9月6日の時点で、通り魔事件自体は起こっている。最初の発生は7月の終わりごろで、それから不規則に事件が発生しているのだ。
 気をつけないとね、なんて言っていたから一成とて人並みには警戒していたはずだ。まさか、自分がその犯人の手によって絶命するなど予想はしていなかっただろうし、誰もこんな未来は想像していなかった。
 しかし、今の夏組は来るべき現実を知っている。だから、一成が目撃者となった9月13日については時間や場所、事件の経緯などの詳細を知らせており、絶対に近づくなと厳命している。
 9月の一成との電話で、現在すでに起こっている事件の日付と場所は、10月の夏組が知る記録とも齟齬はない。恐らく、9月13日に事件が起きることは確実だと言えた。
 だから、この日を無事に過ごすことができれば、一成が襲われる可能性は限りなくゼロに近くなるはずだった。

「それ以外にも、身辺には気をつけろって言ってあるし、一人にならないように常に誰かといさせるようにしてるしな」
「うん。ボクたちのスケジュールもわかってるから、カズくんと行動範囲が重なるよう調整してるし……」

 一成を死なせないためにできることは何でもやると決めた。ただ、電話はつながるとしても過去に行くことはできないのだ。
 直接一成を助けには行けない天馬たちのできることは、未来からの情報を伝えることだった。
 通り魔事件の起きる日付と場所。一成が目撃してしまった時の詳細。一成が死ぬ日に起きたこと。
 それ以外にも、普段の一成が一人にならずにやるべきことを行えるよう、過去の自分たちやMANKAIカンパニーメンバーのスケジュールをもとにして、一成の一日の行動を組み立てた。
 そのために、夏組は久しぶりにカンパニーメンバーと連絡を取った。誰もが驚きながらも、何やら熱意を持った夏組の様子に一ヶ月前のスケジュールを教えてくれたのだ。
 パズルのように、一成の日々を組み立てる。決して一人にならないよう、誰かと一緒にいられるよう。犯人の魔の手が伸びないように。
 未来からできることなんて、恐らくこれくらいしかないのだ。それが歯がゆくて仕方なかったけれど、一成はその必死さを受け止めてくれた。

「むちゃくちゃなこと言ってるなって思うのに、カズくんはちゃんと実行してくれるんだよね」

 行きたい場所も、やりたいところもたくさんあったはずだ。しかし、一成は10月の夏組の言葉に従って、予定を取りやめたり延期したりしてくれている。
 さらには、行動する時にも他の誰かが一緒になるよう時間をずらしてくれだとか別の日に振り替えられないかだとか、そういったお願いも快く受け入れてくれるのだ。
 特に、事件を目撃してしまった9月13日は天鵞絨町を離れることも検討してほしいと頼んでいる。
 手間もかかるし面倒だとも思うのに、こうしてほしい、ああしてほしいという夏組の言葉を、一成は真剣な顔で吟味して、どうにか実現させようとしてくれる。
 そうやって、嫌な顔一つせずうなずいてくれるのは、一成が夏組の言葉を信じているからに他ならない。
 荒唐無稽な、まるでおとぎ話みたいな、作りものめいた話だとしても。10月の夏組が懸ける必死の願いを、一成が受け取らないはずがなかったのだ。

「少しも疑わないで、ボクたちのことを信じてくれてる。今度こそボクたちで、カズくんをちゃんと守るんだ」

 あの夜できなかったことを、もう一度やり直すチャンスが与えられた。だから今、椋は静かに決意している。穏やかでありながら、確かな意志が宿る瞳。それを見守る天馬は、内心でほっと息を吐いた。
 少しずつおかしくなっていた日々の最初を覚えている。
 顔面蒼白の椋が東にともなわれて現れた時、その瞳は不安定に揺らいでいた。一成がいない。その事実を受け止めきれずに心が悲鳴を上げて、今にも崩れ落ちそうだった。
 あの時、椋の瞳は何も映していないようだった。
 王子様への憧れや少女漫画について語る時、あれだけきらきらしていた椋の目は、ただのっぺりとしていてどんな光も通さないようで天馬は心底ぞっとした。
 だけれど今、虚空につながっていたはずの瞳には確かな決意が宿っている。その事実に、天馬は思う。
 そうだ、椋はそういうやつだ。オレのよく知る向坂椋は、どん底まで落ち込んだって、いつだって覚悟ができる。最後の最後で立ち上がる強さを持っている。確かに受け取った天馬は、そっと口を開く。

「――そうだな。オレたちで、必ず一成を守る」

 心から、天馬は答える。あの夜できなかったことを、もう一度やり直す。一成が笑っている未来を今度は必ず守ってみせる。
 真っ直ぐと自分たちを信じてくれる一成を、これから続いていく未来ごと守るのだ。たとえそこに、今の自分たちがいないとしても。

「オレたちは、6人で夏組だからな」

 誓うように、天馬は言った。一成の未来の先にいるのが自分たちではないとしても、過去の一成を助ければその先には6人の夏組がそろっている。そういう未来を守るのだ。
 椋は天馬の言葉にまぶしそうな表情でうなずいたあと、「そうだ」とつぶやいた。

「天馬くん、今日のおやつはこれを買ってきたんだ」

 思い出した、といった顔で椋が袋の底から箱を取り出した。赤い箱は天馬にも見覚えがある。シンプルなビスケットのお菓子だった。
 一成と電話がつながるのは夜だけだ。必然的に夜更かししがちになるので夜食代わりのおやつを用意しているのは、夏組が集まる時は大体お菓子があったからだ。
 たとえ、電話のあちらとこちらに隔てられていても、過去と未来で異なる時間が流れているとしても、それはそのまま引き継がれている。夏組がそろうという事実に変わりはないのだから、おやつだって当然用意するのだ。

「今日のおやつはこれにしようって、カズくんと約束したんだ」

 はにかむように、椋は言う。昨日の夜の電話で、椋は用意するお菓子について一成と話をして、ささやかな約束をしたのだ。
 それは、つい一ヶ月前までは本当に何でもない話だった。学校帰りにちょっと店に寄れば叶えられるはずの約束は、今では奇跡みたいな瞬間になっている。

「これなら、カズくんも同じものを用意できるなと思って」

 椋が選んだビスケットは有名な菓子メーカーのもので、歴史も古い。ロングセラー商品なので、どこでも売られている。
 一ヶ月前の一成だって、今の椋だって同様に手に取ることができる。だからこそ、椋はこのビスケットを選んだのだ。夏組の6人が、同じものを食べられるように。

「ボクたちは、6人で夏組だから」

 天馬の言葉を椋は繰り返した。それは、椋が天馬の意志を受け取って出した答えなのだ。

 画面のあちらとこちらで、時間さえ隔たっているとしても、それでも6人でいようとする。それは天馬にとっての強い意志であり、椋や夏組にとってのこの上もないほど切実な祈りだ。
 このビスケットはその象徴だ、と天馬は思う。
 オレや夏組にとっての願いであり、決意。たとえ一人が欠けたとしても、それでも6人であろうとするのだ。
 画面のあちらとこちらに隔たっても、時間さえつながらないとしても、それでも。椋の言葉で、天馬の胸の決意はよりいっそう強い形となっていく。
 そうだ、オレたちは6人で夏組だ。6人でいようとする意志で、オレたちはこれからも進むのだ。