一億光年の恋 18話




 結論から言うと、いつもの通り天馬が最下位だった。
 一成は「テンテンがジョーカー引いた段階で負け確定っぽいよねん」と心底楽しそうに笑っていた。
 夏組の見解としては、確かにいつもより天馬はポーカーフェイスができていた。ただ、やっぱりジョーカーを引くと表情に出るし、相手が手札の中からジョーカーを手に取っても何となくわかる。
 一応、一成がアドバイスをしたりかく乱させるようなことを言ったりはしているものの、ジョーカーの行方は丸わかりだった。おかげで、いつも通りにビリになっていたので天馬は密かに落ち込んでいた。
 ただ、唯一の救いは一成が「オレ、テンテンのそういうところ好きだよん」と笑ってくれたことだろう。
 確かな演技力でいくらだって取り繕えるのに、夏組の前だと素直に感情を出してしまう。つまりそれは、どれほどまでに天馬が夏組に心を許している証拠でもあるのだと、何かとても大切な宝物を抱きしめるみたいな表情で言ってくれた。
 もっとも、「思ってること丸わかりのテンテン、見てて飽きないしねん!」と爆笑しながら言われたので、「面白がるな」と返すことになったのだけれど。


 それから、さらにトランプ大会は続いた。
 ゲームとペアの種類は様々で、ババ抜きの次に始まったのは幸と一成が組んだダウトだった。正直、組み合わせとゲームを聞いた時点で全員思っていたのだ。「絶対この二人強いだろうな」と。
 案の定、いざゲームを開始すればデザイナーズペアの圧勝だった。
 なにせ、幸はいつでも表情を崩さないし、一成もいつも笑顔を浮かべている。要するにポーカーフェイスが鬼のように上手い。
 ただ、それだけならふわふわとした笑みを浮かべている三角だって似たようなものだ。幸と一成が圧勝したのは別の理由がある。
 基本的に、幸は手札を出す際眉一つ動かさないし、一成も笑顔で全てを見守っているような態度を取っている。
 しかし、時々幸が顔をしかめるような仕草をすることがあった。それに対する一成は、普段の声に本当にわずかな心配をにじませて幸へ言葉を掛ける。
 ただ、それはあまりにもささやかで、ともすれば見過ごしてしまいそうな一瞬だ。気づかなくてもおかしくないくらいのやり取りであることは間違いない。
 しかし、舞台の上で相手の一挙一動に注目してあらゆる演技で答えてきた天馬の目を誤魔化せるはずもなかった。
 普段のポーカーフェイスがわずかに崩れて、うかがうような調子でカードを出した瞬間、「ダウト」と宣言したのは当然の結果だった。
 その宣言を聞いた瞬間、幸はびっくりしたような顔で天馬を見つめていたし、スマートフォンの一成も似たような表情を浮かべていた。
 まさか見破られるとは――という意味だと天馬は思ったのだけれど、次の瞬間それが間違いであることを理解した。
 なぜなら、一成は楽しそうに「3でダウトってことは、3だったらテンテン手札全部持ちだからねん」と言ったからだ。
 喜色満面といった様子に嫌な予感がする、と思う。案の定、一成の言葉と同時に幸がめくったカードはスペードの3だった。
 幸は「ほんと、しっかり引っかかってくれるんだから」と言うし、一成も「逆にびっくりだよねん」と答えるので、あのびっくりした顔は天馬があまりにも綺麗に騙されたからだと悟る。
 つまるところ、幸と一成は正しいカードをさも間違っているように場に出すことが上手かったのだ。
 ポーカーフェイスが上手い二人なので、持っていないカードをしれっと正しいもののように出すこともできる。ただ、それ以上に相手に間違ってダウトを宣言させることに長けていた。
 不安そうな表情を流したかと思えば、いつものポーカーフェイスに戻る。果たして、今選んだカードは正しいのか間違っているのか。
 二人の演技から見抜こうと思っても、幸と一成はささやかなバリエーションをいくつも持っているので、決定打が見つからないのだ。
 結局、簡単に見破ることはできなかったので、二人の手札だけが順調に少なくなり、さっさと勝利をかっさらっていった。
 椋や九門は感嘆の声を上げていたし、三角は「すごいねぇ」とニコニコしていて、天馬は「その組み合わせの時点でこうなるだろ……」とつぶやいていた。


 次に始まったのは、椋と一成が組んだ七並べだった。
 七並べ自体は、わりと平和に進んでいく。
 一成と椋はわきあいあいとした調子で「次はどれにする?」「こっちなんてどうかな」「あ、でも、その前にこっちのほうがいいかも!」なんて次に出すカードを検討していた。スマートフォンの画面越しの会話であっても、その様子は他の夏組の心を和ませる。
 202号室の二人はいつも穏やかで、互いのことを大事にしあっている。そんな二人が同じ手札を前にして、あれこれと話をしている様子はとても平和で、ずっと見ていたくなるような光景なのだ。
 ただ、七並べも終盤になると駆け引きの様相を呈してくる。持っている手札を出すためには、どうしても足りないカードが出てくるからだ。
 誰がそれを持っているのか。どのタイミングで出すべきか。
 周囲の状況を鑑みながらゲームを進めなければいけない局面になってくるものの、しかし一成は違った。一成は自分たちの手札を見ながら「ダイヤの8出してくんない?」と普通に頼んできたからだ。
 天馬は思わず「ゲームの意味わかってるのか」と聞いてしまった。頼んでどうする。駆け引きをしろ。
 しかし、一成は真顔で言った。椋が持つスマートフォンから夏組を見渡して、さも当然と言った顔で。「だって、むっくんが困ってるんだよ?」ときっぱり告げた。
「それはしょんぼり~」と言ったのは三角で「あ、オレもダイヤの8出してくれると助かる!」と続いたのは九門だった。
 ゲームの意味、と思った天馬が頭を抱えたくなっていると、幸が「はあ、仕方ない」と言って手札を出した。ダイヤの8だった。
 思わず天馬が幸を見ると、「まあ、いいんじゃない。喜んでるし」と言って椋と一成を示した。
 確かに二人は「わあ、幸くんありがとう!」「ゆっきー、マジサンキュー☆」と言っているけれど、ゲームとしてはどうなのか。
 もはや、後半からはゲームというより全員協力して七並べを完成させることが目的のようになっていたのだけれど。
 最終的に、一応最初に手札を全部なくした椋と一成が勝利という形になり、やたらと喜んでいた。その姿にまあいいかと思ってしまったので、天馬も大概甘かった。


 少しだけ休憩したあとに始まったのはページワンで、ペアは三角と一成だった。
 天馬がルールをよく知らないと言えば、椋や九門、三角が丁寧に教えてくれる。三角が知っているのは意外だな、と思えばどうやら九門がたまに部屋で三角とトランプゲームをしているらしかった。
 ゲーム自体は、同じマークのカードを順番に出していって、一番強いカードを出した人間がそのターンの勝者だ。勝者は次のマークを決めることができて、最終的に自分の手札を早くなくした人間が勝ちというゲームらしい。
 最後の一枚になったらページワンと言う、と教えてくれたのは椋だったので素直に「そうなんだな」と天馬はうなずく。
 一成は心底楽しそうに「わおーんって言うんだよとか教えたらやってくれたかも?」と言ってからから笑っていた。
 ルールをちゃんと理解できるだろうか、という心配は杞憂で、天馬も順調にゲームへ参加できた。
 ババ抜きほどわかりやすく手札が顔に出る、というゲームでもなかったし、三角と一成のペアは比較的のんびりとしていて、和やかにゲームは進んでいた。
 ただ、それも最初の数回くらいで、回数を重ねるうちに雲行きが怪しくなってきた。
 というのも、三角が何やら一成に「つぎはねぇ、赤いサンカクがある気がする~」やら「黒のサンカクじゃないの」やら言い始めたからだ。
 一体何のことだ、と周囲の人間は思うものの、一成は「なる~」「おけまる!」とうなずいていた。
 どうやら一成は三角の言葉を理解しているらしい。「それじゃ、次はこっちのカード出そうねすみー」と言って、出すべきカードを決めている。
 それだけなら、よくわからないながらも二人だけの何かしらの取り決めなのかもしれない、と思ったのだけれど。
 基準となるカードと同じマークの手札がなければ、プレイヤーは積み札から該当のマークが出るまで引き続けなければならない。そのため手札が増えることになるので、勝利は遠のく。
 天馬はもちろん、椋や九門、幸も何度か積み札から引くことになったけれど、三角と一成は一切積み札を取ることなく順調に勝ちを重ねる段になって、さすがにおかしいと思ったのだ。
 イカサマをしているとは思わない。だけれどこれはどういうことか、もしかして三角の謎の言葉に意味があるのか、と聞けば二人はあっさり答えた。
 曰く、三角は何となく次に基準となるマークを予想している。だから、それに従いながら一成は持っている手札の強さを鑑みて、どのタイミングでどのカードを出すか決めている。
 まさかそんなことできるわけがない、と言うのは簡単だった。しかし、三角が相手となると「できるかもしれない」と思ってしまうのだ。
 妙な勘の鋭さは誰もが知るところだし、何となく次のマークが分かるというほうが、イカサマの可能性よりよっぽど信憑性がある気がした。
 三角の野生の勘と一成の論理性がタッグを組んでいるのだ。当然誰も勝てることはなく、二人が楽しそうに「ページワン」と叫ぶのを聞くことになった。
 ゲームとしてどうなのか、という気もしなくはなかったけれど、一成は楽しそうだった。それならいいのだと夏組全員思っているから、トランプ大会はそのまま続く。


 最後は、九門と一成ペアによる大富豪だった。
 元々天馬はあまりトランプゲームになじみがなかったので、大富豪もよくは知らなかった。ただ、MANKAIカンパニーに所属して以降は、夏組だけではなくカンパニーメンバーとトランプに興じる場面が多々あった。
 中でも、大富豪は定期的にブームがやって来る。結果として、MANKAIカンパニーのメンバーは恐らく全員大富豪のルールは把握していた。
 天馬とて例外ではないし、ババ抜きよりは勝率がいいのも事実だ。大富豪であればいい勝負に持ち込めるかもしれない、と思いながらゲームに臨んだ。
 ゲームは当初、一進一退といった様子で進んだ。
 より強いカードを選び、手札を減らしていく。淡々といった調子で順番が回り、順調にゲームが進む。
 一成と九門も、時々手札を見ながら何かを話しているようだけれど、特に動きはない。何度かパスを繰り返して、「もうちょいだったねん」「やっぱいいタイミングで来ないよね!」などと話している。
 一体何のことかと思っている間に、一回目の勝敗がついた。
 大富豪が三角、富豪が幸、平民が九門と一成、貧民が天馬、大貧民が椋という結果だ。
 天馬は顔をしかめていたけれど、椋が「ノロマでグズグズの大根みたいなボクには大貧民がお似合いだよね……」と言い出すので、慌てて「いや、まだ一回目だろ。逆転できる」と声を掛けることになったし、一成も「そそ、グズグズの大根は味が染みて美味しいよん」と慰めている。
 三角は三角で「大富豪だからサンカクいっぱいかなぁ」と言っていて、幸が「サンカクだらけの大富豪って何」と呆れているし、九門が「あはは、すみーさんっぽい!」と笑っていた。
 それから二回戦が始まった。
 椋と天馬は手札の状況的にあまり有利にゲームを進められず、何度かパスを繰り返すことになる。このままだとまた負けてしまうかもしれない、と思っていた時だ。
 手札をじっと眺めていた幸が、小さく笑みを浮かべると4枚のカードを場に出した。違うマークではあるけれど、全て7の数字だ。幸は「感謝してよね」と言って革命を宣言した。
 大富豪における革命。
 それまで最も強かった2が最弱となり、最弱だった3が最強になる。つまり、カードの強さが今までと逆になるということであり、弱い手札の多い天馬や椋には有利になる。
 だからこその「感謝してよね」なのだろうし、助かったというのも事実だ。
 カードの強さが入れ替わり、出せるカードが変わっていく。
 このまま順調に進めば、手札を早くなくすことができるはずだ、と天馬が思っていた時だ。自分の番を迎えた九門が、スマートフォンの一成と何かを確認しあっている、と思った次の瞬間叫んだ。
 はつらつとしたよく通る声で「椋、天馬さん、ごめん! 革命返し!」と言って、違うマークながら全て5の数字を持つカードを並べた。これはつまり、カードの強さが元に戻ることを意味している。
 椋が「九ちゃん……!」と悲痛な声を出して、天馬は「お前たち、これ狙ってたのか」とつぶやく。
 一成と何か話をしているとは思っていたけれど、もしかしてこれか、と気づいたのだ。九門は満面の笑みで「オレ、一回革命返しやってみたくて!」とうなずいた。
 曰く、一成は出された手札をおおむね記憶するようにしていて、そこから各自が持っている手札を予想し、今回誰かが革命起こしてくれるかも、と言っていたらしい。
 スマートフォンの一成は「オレの予想だいせいか~い☆」とピースサインを出していた。幸は「手札とか普通覚えないでしょ」と肩をすくめていて、三角は楽しそうに「かず、すごいねぇ」とニコニコしている。
 結局、カードの強さが戻ったので、椋と天馬は変わらず大貧民と貧民のままだった。何だかんだで九門と一成が大富豪まで登りつめていて、三角は富豪、幸は平民という結果に落ち着いて大富豪は終了した。