一億光年の恋 19話
「はー、楽しかった~! 革命返しできたし、大富豪になれたし! カズさん、やっぱりトランプ強いよね!」
ピカピカした笑顔を浮かべた九門が、スタンドに立てかけられたスマートフォンに向かって声を投げる。明るい声で一成は答えた。
「ルールもいっぱいあって面白いし、ちょっと興味あって必勝法とか調べたりとかしてたからねん」
知識として知っていただけだと言うけれど、根本的に頭の回転が速いことと、記憶力がいいことも関係しているのだろう。
ただ、普段はその場の状況を見て、あまり勝ちすぎないようにしようという配慮をするようなところがある。恐らく今回は、自分一人ではなかったので配慮よりも勝利を目的にしたのだろう。
「カズくん、楽しんでくれた?」
「めちゃんこ面白かった! ペアでトランプってやったことなかったし、相談しながらできるって新鮮だし、こういうの考えるとかマジでむっくんたち天才っしょ!」
椋の言葉に、一成はハイテンションで答える。心底楽しかったようで、スマートフォンの向こうにいてもこちらまでウキウキするような空気が伝わってくる気がした。つられるようにして、夏組の心も浮き立ってくる。
「かず、もう一回やる~? どれがいい?」
「えー、みんな面白かったから選ぶの難くね?」
三角の問いかけに、一成が首をかしげて答える。ただ、三角の言葉に答えを返したいという気持ちもあったようで、うーん、と考え込んだあと、ぱっと顔を輝かせて言った。
「ババ抜き!」
力強い言葉に、幸が「まあ、ポンコツ相手だったしね」とうなずいた。何かを納得したような素振りに「どういう意味だよ」と言おうとすると、一成の声が飛び込む。
「もう一回、テンテンと組んでババ抜きやりたいかも!」
きらきらとした笑顔で言い切る一成に、幸が目をまたたかせた。天馬も意外に思って、スマートフォンへ視線を向けた。
別にそこまで弱いと(天馬は)思っていないけれど、ただ実際最下位になる可能性が他の人より高いという自覚は一応ある。なので、あえてまた自分と組みたいという理由がわからなかったのだ。
一成は楽しそうに続ける。
「オレ、ババ抜き以外は結構いい結果じゃん? だからババ抜きリベンジしたいなって思って」
「……わざわざポンコツ相手にしなくてもいいんじゃないの」
言外に含まれるのは、「天馬と組むとたぶんまた負けると思う」というアドバイスだということは、天馬本人もわかっている。一成が理解しないはずがないだろう。しかし、一成は楽しそうに首を振った。
「困難になればなるほどオレって燃えるタイプだから!」
「……人を困難扱いするなよ……」
元気いっぱいに宣言されたけれど、困難として認定された天馬としては面白くない。思わず不貞腐れたような声でつぶやくと、一成が「めんご~」と笑っている。
幸は「自覚がない」と肩をすくめて、「でも、何回も挑戦したら勝てるかも……!」と言うのは椋だった。
九門は「カズさんがいたらどうにかなる気がする」と力強く言うし、三角は「てんま、最下位ばっかりから勝てるようになったらカッコイイよ~」と朗らかだった。
全員悪気がないことはわかっている。ただ、天馬がババ抜き最弱であることは誰も否定しないので、天馬は微妙な顔をするしかない。
気づいた一成が「テンテン、拗ねちゃった?」と尋ねる声は心底楽しそうだった。絶対に面白がっている。
「でもさ、天馬さんババ抜きめっちゃ強くなったらみんなびっくりしちゃうよね!」
みんな、というのがMANKAIカンパニーのメンバーを指すことは全員わかっている。確かに、天馬のババ抜きの弱さはわりと周知なので強くなれば驚かれはするだろう。
「ポンコツを鍛えるっていうのも手かもね」
「ババ抜き強化合宿……!?」
「いいね、いいね~! ババ抜き特訓とかする?」
「ババ抜き、サンカク必要かな~?」
それぞれが勝手なことを言い出して、話が天馬をいかに鍛えるかという方向へ流れていく。
ババ抜きを強くしてどうする。強化合宿って何だ。ババ抜きの特訓って何をするんだ。サンカクは必要じゃないだろ。天馬の胸の内にはそんな言葉が並んで、やんやと言い合う夏組への声になろうとする。
だけれど、形になることはなかった。
夏組が全員笑っている。くだらない話をして、何の実にもならないような、明日には忘れてしまいそうな話をして笑っている。一成がいて、幸がいて、椋がいて、三角がいて、九門がいる。
誰一人憂いを帯びることもなく、ただ楽しくて仕方ないという顔で笑っている事実が、天馬にはどうしようもなく嬉しい。
楽しくて、心の底から幸せになれる時間だ。こんな風にずっと笑い合っていたかった。
しかし、それは唐突に失われて、全ては手のひらからこぼれ落ちていった。だからこそ、すべきことを知っているし、何があろうとやり遂げるのだと決めている。
今度こそ、一成を助ける。あの時救えなかった一成を今度こそ守るのだ。
そう決意する天馬は、同時に理解もしていた。スマートフォン越しとは言え、一成と笑い合う夏組の様子を目に映して思っていた。
ああ、きっとこの決意は、こいつらを――夏組を守ることでもあるのだ。
天馬の前の夏組は、心の底から楽しくて仕方ないという顔で笑っている。
今までだって、みんな笑顔を浮かべていた。それは確かにぎこちなくもあったし、硬さを残してはいたけれど、決して作り笑顔ではなかった。
だけれど、今目の前の夏組が浮かべるものの輝きにはかなわない。椋も、三角も、九門も、幸も、一成を失ってからきっと初めて心の底から笑っている。恐らく自分もそうなのだと天馬は自覚している。
一成を助けても、オレたちの未来につながらないかもしれない。永遠にオレたちは一成を失ったままなのかもしれない。
それでも、あの時守れなかった一成を助けられたなら。全てが元通りにはならなくても、それでも。
一成を助けられたというその事実が一つあれば、きっとオレたちはこれからも歩いていける。一成を今度こそ助けることで、オレたちは自分の心を救うのだ。
ひたひたと胸に満ちていく、静かな決意。天馬が心のうちでそっと握りしめていると、不意に一成が口を開いた。
「――そういえば、みんなは彗星見た感じ?」
用意した飲み物で喉を潤していると、思い出したように尋ねたのだ。
9月の時点で、彗星はまだ肉眼で確認できない。しかし、10月の現在なら近日点も通過しているので、綺麗な尾を持つ彗星が見えるはずだ。だからそれなら、彗星を見たのではないかと思ったのだろう。
しかし、夏組は一成の言葉にすぐに答えることができなかった。
彗星のことは知っていた。一成からも聞いていたし、ニュースでも毎日のように彗星の話題が出ているので、少し調べればどの方角に見えるかもすぐわかる。
都会とは離れた場所であることから、星もよく見えるので天体観測には持ってこいだろう。しかし、誰一人彗星を見ようとは言わなかった。
「まだ時間がちゃんと取れなくて見てない。この部屋からだと見えないしな」
不自然な沈黙が流れてしまわないよう、天馬が答える。時計の小部屋からは方角の関係上彗星は見えないし、夜間はほとんどこの部屋に詰めているから彗星を見るタイミングがあまりないのは事実だ。
ただ、見ようと思えば夜眠る前にでも外に出ればいいのだから、そう難しいことではないこともわかっている。それでも、彗星を見ようと誰も言わなかったのは簡単な理由だった。
みんなで彗星を見る。それは夏組6人で交わした約束だ。だからこそ、一成のいない5人だけで彗星を見ることが選べない。何だかそれは、一成との約束を反故にしてしまうような気がして。
一成は天馬の言葉に「そっか」とうなずいた。いつものような明るい笑顔に似ていたけれど、違った。続く声が、言葉がどこまでもやさしくて、祈りのような響きをしていた。
「めっちゃ綺麗だからさ、みんなに見てほしいな~」
9月の一成は、10月に自分がいないことを知っている。その未来を回避しようとしているけれど、現時点で10月の夏組が5人しかいないことは事実だ。
だからこそ9月の一成は言うのだ。たとえそこに自分がいないとしても、願うことは同じだと知っている。
美しいもの。綺麗なもの。心震わせるもの。そういうものを夏組のみんなに見てほしいと、一成が一成であるなら願うのだ。どうか、そこに自分がいてもいなくても、美しいものを受け取ってほしいと。
「あ、でもオレがそうしてほしいってだけだからねん。無理なら全然おけまるだよん!」
慌てたように付け加えられた言葉は、一成ゆえの気遣いだ。己の願いを口にすることと、相手が受け取ることは別の話だと理解しているからこそ、無理をする必要はないと告げる。
それはとても一成らしい言葉だと夏組誰もが思っている。やさしくて、相手の心を慮って、願いや祈りをやわらかく降らせてくれる人だと知っている。
どこにいても、何があっても一成は一成のままだ、と夏組は思う。たとえ過去の時間だとしても、一成は確かに画面の向こうにいる。
ただ、それを強く意識すればするほど、今の不在も比例して強くなる気がして、どこかしんみりとした空気が流れる。
悼むような、何かの祈りを捧げるようなそんな空気だ。しかし、それを振り払うように声が響く。
「そろそろいい時間なんじゃない」
落ち着いた声で言った幸は、自身の手作りだという巾着袋をどこからともなく取り出した。ビビッドカラーの水玉模様で、ずいぶん目を引く巾着袋を全員の前に掲げる。
一体これは何なのか、という顔をしたのは天馬・三角・一成の3人だけで、九門と椋は理解しているらしかった。幸は淡々と、だけれどどこかに笑みをにじませて言う。
「トランプだけで終わるわけないでしょ。次はこっち」
「あの、みんなでエチュードやりたいなって思って……!」
「配役を書いた紙が入ってるんだ!」
3人の言葉に天馬は何度か目をまたたかせて、それから三角へ視線を向けた。三角はぱああっと顔を輝かせたあと、その表情のまま天馬を見る。大きな口を開けて、弾む声で言った。
「てんま、みんなでお芝居できるよ!」
「――ああ、そうだな」
三角を真っ直ぐ見返した天馬はこくりとうなずき、ついこの前、天馬の部屋で話したことを思い出す。
みんなで芝居をしようと言った。一成と、三角と、幸と、椋と、九門と、天馬で。夏組の6人で芝居をしようと言っていた。
いつかそんな時間を設けようとは思っていたけれど、どうやら幸たち3人も同じことを考えていたらしい。
時間はかかるとは言え、三角が役から抜けられるようになったことは全員が知っている。だからこそ、こうしてエチュードの時間を設けたのだろう。
MANKAIカンパニー夏組の6人だ。この6人がそろっているなら、やるべきことは決まっている。全員その思いは共通だと、言葉にしなくても伝わった。
芝居をするのだ、全員で。誰一人欠けていないこの6人で、新しい世界を作り上げるのだ。
声にならない思いを受け取った幸は、「ちなみに」と口を開いた。全員エチュードに乗り気であることはわかっているので、ちょっとした注意を、というつもりらしい。
「それぞれ二つずつ配役書いて入れたけど、オレたちも誰が何書いたか知らない」
「そこは統一しとけよ……」
せめて世界観は統一してほしい、という意味で言うと幸が面白そうに答えた。
「なに、ポンコツ。変な役が来たら演じられないってびびってるわけ」
「そんなわけないだろ。オレに演じられない役はない!」
「ならいいでしょ」
あっさり言うと、幸は自分が持っていた巾着袋を三角へ渡した。中の紙を引く役目は三角に任せるらしい。三角は嬉しそうに巾着袋を受け取る。
「ありがと~。サンカク役あるかなぁ?」
「あるといいね、すみー!」
ニコニコと笑顔を浮かべた三角の言葉に、一成が明るく答える。どんな役を書いたかはわからないので、まったく否定できないわけではないのだ。サンカクの役って何だ、と思ったとしても。
「えっと、それじゃ、カズくん準備できたかな? まずは、カズくんの役から決めようと思うんだけど……」
おずおずとした調子で椋が切り出せば、スマートフォンの一成は「ばっちりだよん☆」と軽快に答える。ほっとしたように笑顔を浮かべた椋は、三角に向かって声を掛ける。
「三角さん、まずはカズくんの役を引いてください!」
「わかった~」
のんびりと答えた三角が巾着袋から紙を一枚取り出すと、ゆっくり告げた。
「かずの役は――『お父さん』!」
「りょっす! オレ、いいパパになっちゃうよん」
楽しそうに一成は言って、それを聞いた幸が三角に「次は椋」と告げる。三角が引いた紙には「教師」と書かれていて、椋が「わあ、先生だ……!」と拳を握り締めて気合いを入れている。
それから三角は椋や幸の言葉に従って紙を選び、全員の配役が決定する。天馬が旅人、三角は息子、九門が案内人で、幸は生徒だった。
親子や学校関係者はともかくとして、旅人やら案内人とは。案の定世界観がおかしい、と天馬は思うものの、だからと言って投げ出すつもりはない。
このメンバーが登場してもおかしくはないシチュエーションを考えてこそのエチュードだ。一体どんな状況なら違和感がないか――頭の端で考えはじめようとしたところで、声が響く。
「お父さん、次はいつ頃帰ってくるの?」
三角が、どこか幼さを感じさせる口調で一成に向かって声を投げる。
考える暇なんて、きっと三角には要らなかった。芝居をしたいと全身で訴えるように、はち切れそうな喜びを奥底に抱えながら、エチュードの幕が開く。