一億光年の恋 20話
夏組の雰囲気がかちりと切り替わる。三角の台詞を合図にして、互いの呼吸を読み合って神経を研ぎ澄ませて芝居を作っていくのだと、声ではなく言葉ではなく、全身が理解している。
「大事な仕事だってのは聞いてるけどさ。この前は、すぐ帰るって言って半年帰ってこなかったし、帰ってきたと思ったら半月でまたいなくなっちゃうし」
拗ねたような声の調子には、どこか甘えを含んでいる。
息子という設定だとしても年齢は様々だ。中学生や高校生にしては子どもっぽさを残していることから考えて、恐らく小学生くらいを想定しているらしい、と天馬は察する。
「寂しい思いをさせてごめんな、三角。だけど、しばらくはまた帰れそうにないんだ」
落ち着いた声で答えたのは一成だ。普段の明るいテンションは影を潜めて、静かな調子で言葉を紡ぐ。小学生の息子を持つ父親としての振る舞いにも選択肢は多々あれど、穏やかな父親像を選んだのだろう。
その様子を見守る夏組は、状況の把握に努めている。
一成が父親、三角が息子という配役なのだから、この会話は至って自然だ。状況的にも、離れ離れの親子がビデオ通話している場面だと推察できる。
ただ、親子の対話だとすると、他の人間が参加するのはひどく不自然な状況になってしまう。
果たしてここからどういう流れで加わるべきか、と親子を見つめていると一成がゆっくりと口を開いた。息子である三角への申し訳なさと、慈しむような愛情を潜ませて。
「だから、三角が見送りに来てくれて嬉しいよ。お母さんが来られないから難しいと思ったけど、椋先生に代わりに連れてきてもらったんだって? お手数をおかけして、申し訳ありません」
最後の言葉は、背後にいる椋へ向かって放たれた。
見送り。代わりに連れてきた。親子以外がここにいる理由を散りばめたパスを、一成は椋へ投げた。恐らく、どうやって他のメンバーをエチュードに加えるか一成も考えていた。
だからこその言葉だと、天馬も夏組も知っている。こうやって、自分たちは一緒に世界を作り上げる。何もない場所に、自分たちだけの新しい世界を。
「いえ、そんな! 三角くんはいつもいい子ですし、お父さんの見送りに行けなくて悲しんでいたので……。僕も時間ならありますし!」
恐縮したように首を振った椋は、家庭教師として普段から三角の勉強を教えていて、父親である一成とも顔見知りであるという設定を付け加える。
三角は少し生意気そうな口ぶりで「先生も暇だって言ってからいいんだよ」と言えば、一成がわずかに顔をしかめて三角をたしなめる。
椋は「いえ、本当に大丈夫です」と笑ってから、ちらりと幸へ視線を投げた。
目配せする様子を的確に察した幸が椋を見つめ返せば、椋は「それに」と言葉を継いだ。にこやかな笑顔に、楽しそうな雰囲気を含ませて。
「お隣の幸くんも、宇宙船の見送りには興味があるって言ってたので。今日は3人で、宇宙ステーションの見学も兼ねてるんです!」
宇宙船。宇宙ステーション。椋の言葉を、夏組全員が咀嚼する。今自分たちがいる場所、やるべきこと、起こりうる事態。天馬が全てを飲み込む前にいちはやく反応したのは幸だった。
「宇宙ステーションって、オレ行ったことなかったんだよね。宇宙船の見送りはビデオ通話でっていうのも初めて知ったし。変な感じ」
三角に向かって「おじさん、またどっかの星行くって母さんから聞いた」と言えば、三角が「お父さん、全然地球にいないんだよ」と答える。
気心知れた者同士が交わし合う空気が漂っていて、恐らく二人は幼馴染のような関係なのだろうと察する。
和気あいあいとした調子で、他の惑星と行き来するのが当たり前という話を作り上げる。
ここは普通の空港ではなく、宇宙船が飛び立つエアポートなのだ。その一角に設けられた見送りブースで、三角と一成は親子の通話を行っている。その場に居合わせるのは椋という家庭教師と、幼馴染である幸だ。
「椋先生にはオレも色々教わってるし、今日は三角と一緒に宇宙ステーション見学して、宇宙船の出発も見る予定。オレたち、宇宙船出発ブースには入れないけど、地球から飛び立つところは見られるんでしょ?」
「――そうだね。宇宙船の旅立ちは少し特殊だから、搭乗者以外は入れないし見送りも直接顔を合わせられないけど、飛び立つ様子は見ることができるよ」
好奇心に満ちた様子で幸が尋ねれば、一成は落ち着いた調子で答える。丁寧な口調で、生徒に対して教え諭すような雰囲気がある。父親の答えを聞いた三角は、ぱっと顔を輝かせた。
「そうだよ、幸! 星が流れるみたいで綺麗なんだ」
「うん、だからオレも見たいなって思ってた。あと、宇宙ステーションってお土産も色々あるから楽しみにしてたんだ!」
きらきらと目を輝かせて、幸は言う。幸は「生徒」という配役から、「息子」である三角と同年代と設定して「友人」という立場を加えて芝居をしている。
ワクワクして仕方ない、といった調子で話をする三角と幸は、もうすぐ夏休みを迎える小学生のような雰囲気がある。
それを見つめる一成と椋は、やさしいまなざしを浮かべていた。
目の前の幼い二人が心を浮き立たせること、楽しみを前に胸を弾ませること。それら全てが嬉しくて、幸いなのだと語るような。そういう表情だった。
「そうですね。宇宙ステーションには、色んな星のお土産がそろっていますよ」
にっこりと笑った椋が話に加わり、お土産話に話を咲かせる。
月のチョコだとか金星の石鹸だとか、ファンタジーなアイテムは椋の専売特許という様子で、次々と言葉が飛び出して行く。
一成も持ち前の天体知識から発展させて、スピカの首飾りやオリオンのハンカチだとか、星の名前からあれこれとお土産の情報を口にして話に彩りを添える。
近未来の地球を舞台にしたからこそ語られる、現代ではありえない話。
どうして椋がそれを選んだのか、一成や三角、幸までが星々の名前を口にして、現代日本ではない世界を作り上げているのか。
理由は簡単だ。九門だってそれを理解している。だから、天馬の隣にいる九門がぎゅっと拳を握ったのも、「閃いた」という顔で椋が口を開いたことも、全ては至極自然なことだったのだ。
「お土産の話なら、宇宙ステーションの案内人――旅行者のガイドさんが詳しいんですよ」
言った椋は、ぐるりと周囲へ視線を巡らせた。それから、九門で視線を止めると嬉しそうに顔を輝かせる。
何を望んでいるのか、どうやって動けばいいのか。答えは一つだと全員知っている。現代日本ではない舞台を作り上げたのは、世界観の違う二人を登場させるための布石だったのだから。
「おや、どうしましたか。何かお困りでも?」
椋の視線を受けた九門が、丁寧に声を掛けた。いつもの笑顔を少し押さえて、それでも人の好さを感じさせるような朗らかさは失わない。
まなざしからは、ガイドとしてのプライドと確かな自信がうかがえて、天馬はその様子をじっと見つめた。
今回、エチュードを行っているのは時計の小部屋だ。
広さもないので大きな立ち回りははできないし、そもそもスマートフォンの一成から全員が見えるようにしないといけないので、あちこち動き回ることは想定していない。
今回夏組は、主に視線や表情、せいぜい手ぶりだけで全てを表現しなくてはならない。
普段ならばもっと体全体を使って芝居に取り組む。しかし、今回は勝手が違っているので戸惑うかと思えば、全員きちんと声や表情で心の内を表していた。
三角は少し生意気で無邪気な少年。一成は落ち着いた理知的な父親。椋は面倒見のいいやさしい家庭教師。幸は好奇心旺盛な明るい少年。九門は自分の仕事に誇りを持つ人の好いガイド。
三角は最初からずば抜けた演技力を持っていたけれど、他のメンバーは芝居経験のない素人だった。
しかし、今天馬の目の前にいる5人は誰一人遜色なく、己の役を生きている。大袈裟な身振りや手振りがなくても、些細な表情やまなざしで表現することができるようなっている。
ここまで重ねた時間を天馬は思った。
6人でここまで歩いてきた。何度も一緒に舞台に立って、最高を更新し続けた。オレたちが積み重ねた全てが、今目の前でこんなにも輝いている。
その事実を噛み締めるような気持ちでいると、九門の声が響いた。
「なるほど、各星のお土産の話ですか。それなら、私よりも適任がいるかもしれません。久々に地球へ帰還するということで、宇宙ステーションの案内をしていたんですが」
九門はそう言って、天馬へ視線を向けた。同時に、三角や幸、椋にスマートフォンの一成が天馬を見つめる。最後の登場人物である旅人へ、夏組のエチュードへ参加する最後のピースである天馬へ。
そこには一切の気遣いがなくて、天馬はほっとする。
天馬の不調を夏組は知っている。他の夏組の不調は上手く隠したけれど、天馬に関しては雑談の機会が多かったこともあって、一成もそれとなく感づいているようだ。
演技に支障が出ていることは全員把握しているから、エチュードに対して不安を抱いていても仕方ない。
しかし、今天馬へ向けられるまなざしに、不安や心細さはなかった。ただ真っ直ぐと、天馬の次の言葉を待っている。自分たちが作り上げた世界へ天馬が加わることを、両手を広げて待っている。
「――お土産の話に役に立てるかはわからないが、色々な星を渡り歩いてきたから、見たことのないものに多く出会ったのは確かだ」
5つの視線を受け止めた天馬は、静かに答えた。遠くを見つめるまなざしで、どこか浮世離れした空気で。旅人。星から星を渡り歩く。ここが宇宙ステーションならば、行く人と帰る人がすれ違う場所だ。
きっと自分は色々な星を旅して今地球にいるのだ。どんな人間だ。旅に慣れたオレが紡ぐ言葉は、見ているものは、まとう空気は。
歯車が回る。錆びついた回路のどこかが動き始める。奥底に眠っていた衝動が、深くに沈めた欲求がわずかに息を吹き返す感覚。
「太陽系の旅行なら比較的ポピュラーになってきましたけど、こちらの天馬さんは、それよりずっと前から、色々な星を旅行している方なんですよ!」
九門が嬉しそうに天馬を紹介すれば、三角と幸が「すげー!」「有名人!?」と騒いでいる。椋と一成は感心したような表情を浮かべていて、天馬は鷹揚にそれらを受け止める。
九門はそれから、つらつらと最近の太陽系惑星への旅行トレンドを並べるので、天馬は内心で感心する。椋に負けず劣らず、九門も結構想像力が豊かなので、こういった現代日本以外の舞台にはわりと強いのだ。
「ただ、私は主に太陽系惑星の案内がメイン業務なので、太陽系以外というと天馬さんのほうが詳しいかもしれません」
九門がそう言えば、三角と幸がワクワクとした視線を天馬に向ける。「どこから来たの!?」「どんなところ行った!?」と尋ねるので、一成と椋が慌てたように子どもたちを制そうとする。天馬はゆるやかに首を振った。
「別に構わない。土産話をするような相手もいないし、久しぶりの地球への帰還での出会いも何かの縁だろう」
落ち着いた調子で言葉を紡ぎながら、天馬は考える。
一体オレはどこから地球へ帰ってきたのか。太陽系以外の星と言っても、天馬はあまり宇宙に詳しくない。星の名前と言ってとっさに思い浮かぶものが見当たらない。
星に詳しい一成だったら、きっといくらでも名前を挙げられるのに――と思ったところで頭の奥でちかりと光るものがあった。星の名前。一成が口にしていた。とても遠くにある星の名前。
「――デネブにいたんだ。地球からはずいぶん遠い場所にある」
一成が映るスマートフォン。そこにつけられたクマのストラップを見つめながら、天馬は告げる。
一成が話していた、動物たちが宇宙に行く話。最初に行くのは夏の大三角形だと言っていた。その時に口に出された星の名前が頭に浮かんだのだ。
一つだけとても遠い距離にある。光の速さでも進んでも簡単には辿り着けない。遠く、遠くの過去からの光が今になってようやく届くような、果てしない距離。
「ほとんど人の手が入っていないから、原始的な風景が見られる。宇宙にただ一人きりだという感情を味わうには持ってこいの星だ」
淡々と天馬は言って、遠くを見つめるまなざしを浮かべる。デネブでの風景を思い浮かべて、一つ一つを丹念になぞるような、そういう表情を作れているはずだ。
数秒そうしてから、天馬はゆっくりと三角や幸へ視線を向けた。
「昔は、デネブにまで人間が行けるとは思われていなかった。星間移動の手法確立とそれに伴う工事推進の成果だろうな」
光年の距離という星まで行けるようになったのは、きっと科学の進歩の成果なのだろうと思ってそう言う。
SF映画で見るようなワープだとかそういうことができるようになって、そのための装置や今この場所のような宇宙ステーションが各星にできているから、様々な星へ行けるようになったはずだ。もっと未来の地球では、そんな風景が当たり前なのだろう。
天馬の言葉に反応したのは三角だった。頬を紅潮させて、何だかとても嬉しそうに口を開く。
「星間移動装置の工事してるの、お父さんだよ!」
誇らしそうに胸を張って、スマートフォンの一成を指す三角。天馬はぱちくりと目をまたたかせつつ、「そう来たか」と思っている。
一成がどういう理由で地球を離れているのか。なぜほとんど帰らずに宇宙へ旅立つのか。星間移動装置建設に関わっているから、という答えを三角は用意したのだ。
「何か、星間移動方法について詳しいっていうのは聞いた気がする」
「仕組みや原理に通じているので、工事現場で働いてらっしゃるというのはおうかがいしてます」
幸と椋が三角の言葉にうなずけば、三角は「お父さんはすごいんだから!」と興奮しながら言っている。一成は「いえ、そんな大層なことでは……」と謙遜するけれど、九門は力強く告げる。
「まさか、装置工事に関わっていらっしゃる方だとは思いませんでした。みなさんのおかげで、私たちは星と星の移動が可能になったんですから! いくら感謝しても足りないくらいですよ!」
きっぱりと告げられた言葉に、天馬も隣でうなずく。旅人である自分ならきっとそうするのだと思った。
星間移動が難なくできるようになったから、何光年彼方にもある星にだって行けるようになった。星と星を渡り歩く旅人なら、それをきっと感謝する。
「もちろん、あなた一人だけではなく多くの人間が関わっているのだろう。だけれど、今ここにいるあなたに言いたい」
真っ直ぐと一成を見つめて、天馬は言った。旅人であるならきっと思うこと。目の前の一成に向けて伝えたいこと。二つが一緒くたになって唇から言葉がこぼれ落ちる。
「あなたがいたから、どこにだって行ける。どんなに遠い場所だって、どんなに離れた場所にだって行ける」
星と星の移動ができるようになったこと。それを可能にするための装置を作り上げていること。そういう意味での言葉ではあるけれど、同時に今この瞬間の思いでもあった。
一成がいる。6人の夏組がそろっている。それなら、オレたちはどこにだって行ける。
たとえ自分たちの距離が、星の光みたいに離れていたとしたって。今ここに一成がいるなら、オレたちは6人そろってどこにだって行けるんだ。だから。
「ありがとう」
スマートフォンの一成に向けて、心からの言葉を告げる。一成は目をまたたかせて天馬を見つめる。それは一成の表情のようにも、あくまでも理知的な父親の顔にも見えた。
じっとその顔を見つめ返すと、一成が笑った。奥底に喜びをにじませて、だけれどあくまでも落ち着いた調子で。
「そう言っていただけると、自分の仕事がよりいっそう誇らしいものに思えます。こちらこそありがとうございます」
きっぱりと言った一成は、仕事に対する揺るぎない誇りを宿していた。決して派手に燃え盛る炎ではない。それでも確かに瞳の奥で揺れている。
「全然帰ってこないのは嫌だけど、すごく大事な仕事をしてるお父さんはカッコイイんだ」
嬉しそうに、少しだけ照れくさそうに三角は言う。本当は行ったら嫌だと言いたい。だけれど、仕事へ出掛ける父親を誇らしいと思っているのも事実なのだ、という心情がまなざしや声色から伝わってくる。
「オレも大きくなったら色んな星に行きたいんだ。だから、星間移動装置作ってくれてるのありがたいなって思うし、おじさん結構すごいじゃん」
楽しそうに幸が続ければ、一成は朗らかな笑みを浮かべた。その様子を見つめていた椋は、遠慮がちに口を開く。
「僕も他の星へもっと行ってみたいなと思ってるんです。だから、星間移動装置の開発と設置にはとても感謝しています。大変だけれど、とても大事なお仕事だなと尊敬してます」
一成は椋の言葉に、少しだけ驚きを乗せてから口を開く。三角、幸、椋へ視線を向けると「みんなに恥じない仕事をするよ」と言う顔は晴れやかだ。心から己の仕事に誇りを持ち、揺るぎのない決意を宿しているような、そういう表情。
一成はそれから、九門と天馬へ視線を向けた。きっぱりと告げる。
「私は私の仕事で、笑顔になってくれる人が増えるのが嬉しいんです。だから、お二人の手助けができたなら、本当に嬉しくて幸せなんですよ」
一成の言葉は、あくまで父親としての演技から紡がれている。だけれど、それでも、きっとみんな知っている。
三好一成という人間は、自分が手掛けた仕事で誰かを笑顔にすることが好きだ。誰かが心から笑ってくれることを己の幸せだと何より強く理解している。そういう人間だ。
ずっと大切にしたかった。大事にして抱きしめて、宝物みたいに守っていたかった。胸が締めつけられるような切なさと、同じくらいの愛おしさで誰もが一成を見つめている。
数秒沈黙が流れるけれど、それを打ち破ったのは他でもない一成だった。
「――ああ、そろそろ出発の時間ですね」
その言葉に、一成以外の夏組は我に返る。ちょうどいい頃合いだと判断したのだろう。一成からの合図を受け取れない夏組ではないので、全員が一つの目的地を定める。
「そっか。お父さん、今度はもうちょっと早く帰ってきてよ!」
「面白い話、いっぱい持ってきてよおじさん。オレ、すごい待ってるから」
三角が少しだけしょんぼりしてから、力強く言い切る。幸は楽しそうに、好奇心に目を輝かせて言葉を掛ける。
「お仕事、頑張ってくださいね……! 応援してます」
ぐっと拳を握り締めた椋が言えば、九門が少しだけ考えたあとで口を開いた。
「全然関係のない私が言うことではないかもしれませんが――良い仕事ができることを祈っていますね」
朗らかな笑みをたたえた九門は、同じように仕事に対する誇りを持つ一成に向けてエールを送る。一成は、ただ静かに一人一人の言葉を受け止めている。
その様子を見つめていた天馬は、己の中から取り出した言葉を一成へ向けた。ただここですれ違っただけの存在だったとしても、ここで会ったことも何かの縁だと、旅人はきっとこう言う。
「あなたの旅に加護があることを祈っている」
これから一成は宇宙へ旅立つ。地球を離れて旅をするというなら、きっとその安全を祈るだろうと思って告げた。
一成は5人の言葉を、丁寧に受け取った。一人一人に礼を言ってから、ちらりと腕時計に目を向ける仕草をした。恐らく時間が迫っているのだろう。
一成は、視線を真っ直ぐとこちらに向けた。スマートフォン越しに、画面の向こうの夏組へ向かって言葉を発する。そろそろ宇宙船は出発の時間だ。見送りブースからは出ていかなくてはならない。だから、最後に。
「行ってくるよ」
見送ってくれる人たちにそう告げると、一成は立ち上がる。そのまま歩き去って、スマートフォンの画面からフレームアウトした。