一億光年の恋 21話
数秒してから画面の向こうに戻ってきた一成は、満面の笑みを浮かべていた。
「ってわけでエチュード終了~☆ 何かエモい感じだったんじゃね!? てか、宇宙ステーションとかまじやばたんじゃん! 宇宙船いっぱい飛び立つ場所とかテンアゲすぎ!」
ハイテンションで騒ぐ様子は、さっきまでの理知的な父親の面影が一切なかった。
普段通りの様子に、思わず笑みこぼしてしまうのは仕方ないだろう。ただ、三角だけは未だ役から抜けきらないのできょとんとした顔をしている。
不思議そうな表情にいち早く気づいたのは椋だ。思い出した、といった顔で口を開く。
「そうだ、そろそろおやつの時間じゃないかな。おやつの準備を手伝ってくれる?」
最後の言葉は三角に対してのものだ。小学生の少年に相対する穏やかさで言えば、三角は少しだけ考えたあとで無邪気に「うん!」とうなずいた。
椋は三角に対してあれこれと質問を投げかけて、自分に注意を向けるようにしているらしい。
「今回は、一成のアシストも良かったんじゃない。親子の通話にどうやって入るかって意味で」
椋と三角をそれとなく隠しつつ、スマートフォンの一成に言ったのは幸だ。三角の様子がおかしいことに一成は気づいているかもしれないけれど、詳しい話はしないことに決めていた。
一成がいなくなって以降、夏組は少しずつおかしくなっていった。その一つとして天馬の不調には気づいているようだけれど、他の夏組に関しては上手く隠せているはずだ。
自分の不在によって夏組全員に不調を招いていると知ったら、心を痛めることはわかっている。だから、10月の夏組は一成に何も言わないことを事前に決めている。
「宇宙ってのもナイスだったよね! 椋のファインプレー!」
続いた九門の言葉に、天馬もうなずく。確かに、二人の言葉でエチュードの方向性がだいぶ固まったと言えるだろう。
一成は「ベリサン~☆」と明るく笑った。三角と話していた椋が気づいて謙遜していたけれど、遠慮がちにそっと口を開く。
「カズくん。そろそろおやつの用意をしようと思うんだ」
「おけまる~」
朗らかに答えを返す一成は、椋が何を言いたいのか察していた。今日何をやるか、天馬はもちろん一成だって聞いてはいない。ただ、「今日のおやつ」に関しては事前に連絡があったので準備は整っていた。
「部屋に冷蔵庫もあるから、ちゃんと準備しといたよん。トッピングとかも適当に用意しといたからねん」
「ありがとう、カズくん。えっと、ボクたちもちょっと用意してくるね」
一成は自分の部屋だけで完結できるけれど、こちらの夏組はそうも行かない。キッチンは離れた場所にあるし、用意する人数も多いのだ。
そのために、少々時間をもらいたいと言っていることを一成は察している。朗らかに「りょっす!」と答えを返せば、椋がほっとしたように息を吐いた。
「オレたちも手伝ってくる」
「人数多いほうがいいからね! 一緒に行こ!」
立ち上がった幸がスタスタと歩いて、自然な動作で扉を開ける。九門は三角の手を取ると、幸のあとを追って部屋から出ていった。
三角は不思議そうな顔をしたままだけれど、「おいしいおやつ作ろ!」と九門が笑いかければ、「うん!」と明るくうなずいていた。
その様子はまだ、十歳前後の少年ではあったけれど、時間から考えて用意を終えて戻ってくるころには、三角の役も抜けているだろう。
「天馬くん、それじゃボクたちちょっと用意してくるね」
「悪いな。ありがたい」
使命を帯びたような顔の椋に向かって、そう告げる。諸々の準備を任せてしまっているのだから、天馬が礼を言う場面だと思ったからだ。
椋はやわらかく笑って首を振ると、「美味しいおやつ持ってくるね」と言って、部屋から出ていった。
途端に辺りが静かになる。残されたのは天馬と、スマートフォンの向こうの一成だけだ。天馬はちらりと視線を向けて、いつもの調子で声を掛ける。
「ビスケットとヨーグルトのデザートだったか」
事前に聞いていた菓子のことを思い出しながら尋ねれば、一成はぱっと笑みを浮かべて答える。
「そそ。ビスケットとヨーグルトで作る簡単トライフルってやつ。スポンジケーキとか使うのがポピュラーっぽいんだけど、今回はビスケットとヨーグルトで簡易版パフェって感じかも!」
トライフルとは、スポンジケーキやクリーム、季節のフルーツなどを層状に重ねるデザートだ。重ねるだけで出来上がるという気軽さがある。
今回は、ビスケットとヨーグルトを使うことでいっそう簡単に作れるようになっているらしい。
さらに、時間を置くことでビスケットが水分でやわらかくなるので、スポンジケーキの入ったパフェのような仕上がりになるという。スプーンですくって食べられるようだ。
「あと、やっぱり夜だからあんまりカロリー取らないほうがいいかも~的な意味もあるよねん」
イタズラっぽい光をひらめかせて、一成が言う。
夜更かしとおやつ、というわけであまり健康によろしくないことはわかっている。ささやかな配慮として、せめてカロリーの低いビスケットとヨーグルトを選んだ、ということだろう。
「ビスケットメインって感じで、色々トッピングもあるし! ジャムとかマシュマロとかも用意したんだよん」
あれやこれやと告げる一成は、弾んだ声をしていた。それを聞く天馬の唇は、自然とほころぶ。
椋たちがいそいそと買い物に出かけていたことも、一成とやり取りしていたことも知っているし、今日のための準備をする様子は心底楽しそうだった。
ピクニックに出かけるみたいな、待ち遠しい予定を指折り数えるみたいな夏組が、天馬には嬉しかった。
今までは市販品を買ってきておやつにしたり、臣の手作りスイーツをありがたく食べていたりしていたけれど、こうやって自分たちで簡単なものを作るのも楽しいんだな、と改めて思う。一成ともっとこういう機会を設ければよかったな、とも。
「はー、でもめっちゃ楽しいねん。こんなにずっと遊び倒してるの久しぶりだし、ペア制トランプとかテンション上がっちった!」
こぼれでるような笑みを浮かべて、一成が言う。さっきまでのことをつらつらと思い出しているようで、くすぐったそうに笑う様子はあまりにもまぶしく天馬の目には映った。
「てか、マジでテンテン、ババ抜き鍛えない? 絶対リベンジしたいんだけど!」
「ババ抜き鍛えるって意味わからないだろ」
「100回連続ババ抜きするとか! 全敗したらウケんね!」
「さすがにそれはない……ないよな……」
「テンテン! 自信持って~!」
爆笑しながら言う一成は完全に楽しんでいるし、「自信持って」と言うわりには全敗の可能性も考慮に入れている気がした。
まさかそこまで弱くはない、と複雑な気持ちになったことも間違いではないけれど、一成が笑っていてくれるなら些細なことのように思えたのも事実だ。
6人がそろって、楽しい時間を過ごした。くだらないことで笑い合って、楽しくて仕方ないという笑顔で満ちた時間だ。
ほんの一ヶ月前までは、当たり前のようにここにあった。明日も明後日も、その先のずっと遠い未来まで、自分たちはこうして笑い合っていけるのだと、疑いもなく信じていた。
だけれど、それは全て失われてしまったのだと天馬は知っている。だからこそ、スマートフォンの向こうで大笑いしている一成に、心から思う。
一成にずっと笑っていてほしい。楽しいことしか知らないみたいに、苦しいことも悲しいことも何一つ知らずに笑っていてほしい。
死んでしまう未来なんて嘘だって、馬鹿みたいな冗談に付き合ってるだけなんだって、そういう現実を迎えてほしい。
晴れやかに、一成が笑っている。楽しそうに、嬉しそうに、弾む心を形にしたみたいに。
何だか、遠くにいる一成とただビデオ通話しているだけのように思えるのに、それは違うのだと天馬は知っている。
確かに同じ時間を過ごして、目の前で笑っていてくれるのに、天馬が生きるこの場所に一成はいないのだ。
一成が死んでしまったなんて、そんなのは全部悪い夢で、今一成は少しだけ遠い場所にいるだけならいいのに。その内自分たちのところに帰ってくるならいいのに。
行ってくると言って旅立ったエチュードの終わりみたいに。「ただいま」と言って帰ってきてくれればいいのに。心から思うけれど、それが決して叶わない夢なのだと、天馬は痛いほどに知っている。
スマートフォンの一成がいる世界は、9月の時間を刻んでいる。一ヶ月先の10月に一成はいないし、それは揺るぎない事実だ。
今日一日だけ、10月の夏組の一人として一成と時間を過ごすことができるとしても、一成が「ただいま」と告げるのは9月の夏組だ。
「……お前、演技上手くなったよな」
笑いの波がある程度引いたところを見計らって、天馬は言葉を掛ける。演技中のアドバイスをする時は、良かったところはきちんと口にするようにしている。だから、一成を褒めること自体は初めてではない。
だけれど、演技が終わってから改めてこんな風に口にすることはほとんどなかった。だから、天馬はどこか気恥ずかしさが抜けないし、一成も笑顔を引っ込めて目をまたたかせている。だけれど、天馬はちゃんと伝えたかった。
「今回は立ち回りができないから、視線とか表情とかで演技する必要がある。加えて、お前は一人だけスマートフォン越しだからな。こっちにいるオレたちよりも、演技が伝わりにくい。だけど、充分お前の心情は表現できてた」
理知的な父親としての演技もそうだし、子どもたちに向ける愛情や自身の心に宿る矜持。そういうものを、スマートフォンの小さな画面から伝えられるのは、一成の演技力向上の証だろう。
「お前は大袈裟な役もできるけど、こういう些細な演技も上手くなったんだなって感慨深かった」
最初の頃からはとても考えられないくらいだ、と天馬は思う。
素人集団と舞台に立つなんてとんでもないと思った。それでも全員食らいついてきて、板の上に立って、千秋楽まで駆け抜けて同じ舞台に何度も立った。
その度に、夏組の演技が上達していくことは身を持って知っていたけれど、改めて思ったのだ。
「お前と演技ができて、楽しかったし嬉しかった」
「テンテン……」
心からの言葉を伝えれば、一成が思わずといった様子で声をこぼした。嬉しいとか、幸せとか、うずまく感情が心の中があふれだしてゆくような声だった。
「――うん。オレも、みんなとエチュードできてめっちゃ嬉しかった」
目を細めた一成が、やわらかく言葉を紡ぐ。一成の持つやさしさだとか、こまやかな愛情だとか、そういうものを形にしたような声だった。
さっきまでの、全てを明るく照らし出すような笑顔とも違う。やわやわとにじみだすようなそれは、夜を照らす明かりだ。
力強く放たれる光ではない。それでも、確かにそっと寄り添ってくれる。
どんな暗闇だって、ここにいるよと教えてくれる。隣でやわらかく手を握っていてくれるような。世界が暗闇に閉ざされても、ただここで光を掲げて待っているよと教えてくれるような。
やさしくて、あたたかいひかり。
にじみだすような笑顔に、やわらかく降り注ぐ光に天馬の胸が締めつけられる。
好きだ、と思う。こうやって、自分の前で色んな顔を見せてくれる一成が好きだ。いつもの明るい笑顔が、愛おしさの全てを抱きしめるような笑顔が、一成が好きだ。
ずっと隣で笑っていてほしかった。その笑顔を一番近くで見ていたかった。オレの隣でずっと、一成に笑っていてほしかった。
好きだ、と言いたかった。一成のことがどれだけ特別なのか、この世界でたった一人を選ぶならお前なんだと、心の全てで打ち明けたかった。衝動のまま、天馬は口を開く。
一成のことが好きだと、自分自身の心を取り出して告げたい。だってきっと、一成は答えてくれる。今目の前で、自分と言葉を交わしている一成ならきっと答えを返してくれる。
「一成」
名前を呼んだ。一成は一つ目をまたたかせると、「どしたの」とやわらかく答える。
その声に導かれるようにして、熱に浮かされるような気持ちのまま、天馬はそっと手を伸ばす。伝えたい。好きだと言いたい。画面の向こうからこちらを見つめる一成に、吸い寄せられる。
しかし、無機質な画面に、かつん、と指が当たって、天馬は我に返った。
今オレは、何を口にしようとしていた。一成の笑顔を前にして、ほとんど喉まで出かかった言葉。もう少しで声になりそうだったそれを、天馬は意志の力でどうにか飲み込んだ。
「――いや、そろそろあいつら戻ってくるんじゃないかと思ったんだ。お前も、何か用意とかしなくていいのか」
自分の心臓の音を聞きながらそう言えば、一成が「そだった! オレちょっち準備するねん!」と言って、慌てたように席を立つ。画面からフレームアウトした一成に、天馬はほっと息を吐き出す。
自分が何をしようとしていたか、天馬は理解していた。
好きだと言おうとした。思いを告げて、一成がどれだけ大切なのか、どれほどまでに自分にとって特別な存在なのか伝えようとした。
きっと一成は、ちゃんと答えを返してくれるだろう。だけれど、それを選んではいけないのだと天馬は知っている。
だって、一成はオレたちの一成じゃない。9月のオレたちに返してやらなきゃいけない。
今日だけは10月の一成にしてほしいと望んだとしても、スマートフォンの向こうの一成の本来の居場所は9月の世界だ。
きっと一成は、10月の天馬の告白だって受け取ってきちんと答えてくれるだろう。
だけれど、それを口にしたが最後、9月の天馬との関係性まで変えてしまう。未来の――10月の自分が介入することで、9月の一成の世界を変えてしまう。
それを選んではいけないと思うくらいの理性は、まだ天馬も持っている。
未来の夏組とエチュードをしただとか、何でもない話をしただとか、一成の死を回避しようとしただとか。それらはあくまでも、夏組としての一成との関係性の上に成り立っている。
かけがえのない仲間で大切な存在で、夏組のたった一人としての関係だ。いくら未来が変わろうとも、その関係性が同じままならあくまでも9月の一成の世界はきちんと保たれたままだ。
だけれど、天馬が思いを告げてしまったら、9月の一成の世界が変わってしまう。
好きなのだと、特別なのだと、他の夏組とは違う気持ちで天馬が一成を想っているのだと一成が知ってしまったら、決定的に世界が変わる。一成がどんな答えだったとしても、天馬に対する感情はどうしたって変質してしまうだろう。
10月の自分が圧倒的なイレギュラーであると、天馬は理解している。ほんの少し何かの気まぐれで訪れた奇跡みたいな瞬間が今だ。そんな自分が想いを告げて、9月の一成の世界を変えてしまってはいけないのだ。
だって、一成が生きるのは9月の世界で10月の天馬はどうしたってそこにはいない。
スマートフォンの向こうの一成が同じ時間を共に過ごして、これから先まで生きていくのは9月の夏組であって今ここにいる自分ではない。
だから、言ってはいけない。口に出してはいけない。だってきっと、思いを告げてしまったら、9月の一成の世界を確実に変えてしまう。
一成は思いを告げられて、なかったことにできるような人間ではないと知っている。何もなかった、だから今まで通りでいようなんてことはできないのだ。
心を知ってしまったら、その瞬間に一成は思いを全部受け取って、きちんと返そうとする。自分の心を砕いて差し出すみたいに、天馬の思いに答えようとしてくれる。
だけれど、それは9月の天馬に向けられるべきものだ。10月の天馬が受け取ってしまえば、世界はひどくねじれてしまう。
本来なら有り得るはずのない事態なのだ。未来の天馬が思いを告げるなんて。特別なのだと伝えるなんて。
そんな気持ちを受け取ってしまったら、その瞬間から9月の一成が天馬へ向ける視線は、これまでと違う意味を持つだろう。9月の一成が知るはずのなかった世界へと、何もかもが塗り替えられて変質していく。
そんなことはしたくなかった。
だって、同じ場所で生きることすらできないのだ。共に時間を重ねることもできなければ、画面を隔ててしか言葉を交わすこともできない。
そんな自分が思いを告げるのは、あまりにも勝手だ。
今までの関係性を一方的に壊して、9月を生きる一成の世界を無理矢理にでも変えてしまう。そのくせ、10月の天馬にできることはほとんどない。
変質した世界に一成を放り出すだけなんて、そんなことはしたくなかった。
もしも一成に思いを告げることを許される皇天馬がいるなら、それは同じ時間を生きる9月の皇天馬だけだ。
同じ世界で、同じ時間を重ねて、確かに触れられる場所で生きているのであれば、世界が変わるなら一緒に天馬の世界も変わっていく。どんな結果であれ、一成だけを放り出すことはない。
それすらできないのだと、今の天馬は自覚している。だから10月の、同じ世界を生きることもできない自分には、好きだと告げる資格すらない。
「じゃじゃーん、見て見て、テンテン! ばっちしかわいくね!?」
グラスを持って戻ってきた一成が、テンション高くそう言う。グラスには、ビスケットとヨーグルトが綺麗に層になっていて、トッピングのイチゴジャムがあざやかだった。
一成自身のデザインセンスもあいまって、お店にでも出てきそうなお洒落なデザートだった。だから、素直に「すごいな」と答えれば誇らしそうに胸を張る。
楽しそうにキラキラと笑ってくれることが嬉しい。心から思うのに、同時に胸が締めつけられるのは天馬が思い知ってしまったからだ。
目の前で一成は笑ってくれる。言葉を返してくれるし、確かに今目の前にいてくれる。だけれど、同じ世界を生きてはいないのだ。
簡単に会いに行けない場所にいるだとか、地球の裏側にいるから距離が離れているだとか、そんな話ですらないのだ。
だって今目の前にいてくれる一成は、9月の世界を生きている。どうしたって、同じ世界を生きることはできない。地球のどこを探したって、一成はいない。
共に時間を重ねているようで、一成はあくまでも9月を過ごしていて、天馬の毎日は10月の日々だ。
この部屋のこの時計の前で、限られた時間の中で、スマートフォンを介さなければ顔を見ることもできない。いくら手を伸ばしても画面があるだけで、一成に触れることはできない。
その事実を思い知った天馬は、こんなにも遠いんだな、と思う。
目の前で笑ってくれるのに。今を共に過ごしているはずなのに。一成が生きている9月と、自分が生きている10月は決して同じではない。
どれだけ願ったところで、天馬は9月の一成のもとへ行くことはできないし、一成がこちらへ来ることはできない。スマートフォンの画面越しに笑いあえるのに、覆すことのできない断絶が広がっている。
一成の生きる場所は、どうしたって過去なのだ。どれだけ近くにいてくれるように思えても、目の前で一成が笑っていてくれても。
キラキラと放たれる光は、遠い過去から届くだけだ。今ここで、その光を見ているはずなのに、この輝きは過去からの光でしかない。
ああ、まるで、星の光じゃないかと天馬は思う。
目の前で輝いているようで、本当はずっと遠いところにある。いくら手を伸ばしても届かない。同じ時間を分かち合うことは決してできない。遥か彼方の遠い過去から放たれる。そういう光。
オレはきっと、この光をずっと見つめているしかできないんだ。地上に縛りつけられたまま、夜空に輝く光を見つめているだけだ。
目を細めた天馬は、スマートフォンの向こうで笑っている一成を見つめている。お皿に並べたビスケットにトッピングをしていく様子は心底楽しそうだ。それはあまりにも綺麗に、天馬の胸に降り積もる。
手を伸ばしても届かない光だ。同じ時間を生きることは叶わないし、触れることすらできない。
それでも、天馬は知っている。
手に入れられずとも、夜空の星を美しいと思う心は止められないように。物語を紡ぎ、願いを託し続けたように。光の届く笑顔に、きらきらとまばゆく笑ってくれる一成に、どうしたって思ってしまう。
たとえどれだけ遠い光だとしても。遥か彼方から届く光だったとしても。それでも、今お前が生きていることが、どうしようもなく嬉しいんだ。