一億光年の恋 28話
意識が引き戻される。突然視界がクリアになったような感覚。目の前に一成の綺麗な緑色の瞳があって動揺していると、一成はやさしく目を細めて言った。
「テンテン、戻ってきた?」
戻ってきた。その意味を、天馬は正しく受け取っていた。
吸い込まれるようにして一成の目をのぞきこんだ天馬の頭には、いくつもの記憶が突如として散乱した。ただ、それらが収束すると同時に天馬は理解したのだ。
あの9月の夜、一成は警官に襲われた。しかし、天馬が現場に現れたことで犯人は致命傷を与える前に逃走し、一成は助かったのだ。
こんな記憶はない、と言うこともできた。なぜなら、天馬には一成が死んでしまった記憶もしかと持っていたからだ。
撮影を終えた天馬が寮へ帰ると、一成が帰らないと聞かされた。三角とともに夜の街を駆け、公園に向かった。
そこで見つかったのは一成の遺体だ。天馬は確かに、棺で眠る一成に別れを告げているし、その後夏組はバラバラになった。
覚えている。洋館で過ごした日々も、過去の一成と電話がつながって、どうにかして一成の死を回避しようと動いていたことも。
全てきちんと記憶にはあるのに、同時に一成が助かって無事に寮へと帰ってくるまでの経緯もきちんと覚えていた。
一成が死んでしまった過去と、一成が助かった過去。
相反する二つの記憶は、しかしどちらも自分の記憶だと、天馬にはわかった。
だって肩にもたれかかる一成の重みも、消えていきそうな声も、一成が死んでしまうんじゃないかという恐怖も、助かったのだと知った時の途方もない安堵も、全身を駆け巡った愛おしさも、何もかもを覚えている。
全部オレの記憶だ、と天馬は思う。二つの過去は、奇妙なことにきちんと天馬の中で共存していて、間違いなくどちらも天馬の辿った道だった。
「オレの目見ると、両方の記憶思い出すっぽい感じなんだよねん」
手を離した一成は不思議そうな顔で言って、むっくんたちも大変だったんだよん、と続ける。
天馬はその言葉に、椋たちへ視線を向けた。自分だけではなく、椋たちも二つの記憶を持っているのか、と思ったからだ。
「うん。今朝目が覚めた時はボク、カズくんが死んじゃったと思ってたから、寮でカズくんに会って混乱しちゃったんだ……」
申し訳なさそうな椋の説明によれば、今朝の夏組は全員「一成は死んでいる」という記憶を持って目が覚めた。だから、当たり前のように生きている一成の存在に全員パニックになった。
ただ、一成は「一ヶ月前に未来の夏組と話をして、自分の死を回避しようとしていた」ということは覚えていたので、今目の前にいるのが、一ヶ月前に会話を交わした未来の夏組である、という可能性には思い至った。
だから、一成自身はあまりパニックになることもなく対処ができたらしい。
「マジで偶然だけど、オレの目見ると両方の記憶思い出すってわかってラッキーだったよねん」
「うん! カズさんが生きてるほうの記憶も思い出さないと、オレ絶対パニックになったまんまだった!」
明るく同意する九門の言う通り、どうにか二つの記憶が共存することで寮にいた夏組は落ち着きを取り戻すことができたという。
確かに、そうでなければ一成が死んでから今日に至るまでの約一ヶ月間、まるで違う記憶を持ったまま生きることになってしまう。それはほとんど、一ヶ月間の記憶を失ったようなものだろう。現実として一成は生きているのだから。
「一成が死んだって記憶持ってるの、オレたちだけだったのもラッキーだったんじゃない」
「たかし~! 全員一斉だったらマジで寮内パニックだった~!」
幸の言葉に一成が同意を返す。どうやら、「一成が死んでしまった」という記憶を持っているのは夏組だけのようで、MANKAIカンパニーのメンバーは「一成は警官に襲われたが助かった」という記憶一つを持っているらしい。
「てんまにも、早くカズのこと教えてあげなきゃって思って、急いで来たんだよ~」
ふわふわとした調子で告げられる三角の言葉に、天馬ははたと思い至る。ここに自分が来た理由を思い出したからだ。天馬はゆっくりと口を開いた。
「一成が死んだって記憶のほうなら、オレはずっとここにいた。今日は一ヶ月前一成が襲われた日だからって、夏組が全員ここに来て夜にお前と話をする予定だった」
自分の記憶を整理するように、一成に向かって告げる。夏組も「だよね」「時計あるのここだし」と相槌を打つし、一成も「そそ」とうなずいている。
「一成が生きてるって記憶のほうなら、彗星見るためにオレが先にここに来て用意する予定だった。ロケ先からなら、寮に帰るより近いからな」
確かに自分の中にある記憶を取り出して、天馬は言う。一成は笑って「彗星楽しみだよねん」と嬉しそうだ。天馬は自分の記憶――一成が無事に助かったあとからここに至るまでの経緯を思い出す。
手術後の経過は順調で、一成は10日ほどの入院ですっかり回復した。激しい運動は制限されたものの、退院すればほとんどいつも通りの生活だ。
ただ、大事を取って休養に専念しろと言われたため、基本的に寮内でゆっくり過ごすことがほとんどだった。
すでに10月に入っていて彗星は綺麗な尾を描いていたけれど、さすがに退院直後に星を見に行こうという話にはならなかったのだ。
しかし、退院以降一成の調子はいつも通りで、取り立てて具合が悪いわけではない。それに、寮に引きこもってばかりでは気が滅入る、というのも事実だった。
事件後それなりに時間も経過していたし、何よりもどこかへ星を見に行こうと一成と約束していたのだ。
彗星を見に行くための計画を本格的に立てることにして、「どこか行きたい場所はあるか」と天馬が聞けば、「テンテンの別荘」と答えたのだ。アンティーク品を保管している森の中の別荘に行きたい、と。
「なんで知ってるか謎だったし、オレから聞いたって言ってもそんな記憶なくて不思議だったんだけどな。あれは、未来のオレから聞いてたってことか」
「そそ。あの時のテンテンは、そっちの記憶全然なかったからマジで謎だったっしょ。めんご~」
朗らかに笑う一成は、多少変に思われても話に出てきた別荘に行ってみたかったという。
天馬はといえば、不思議に思いはしたものの一成の願いなら叶えてやりたかったので「使えるかどうか聞いてみる」と答えたのだ。
結局、天馬の父親に尋ねてみれば快く承諾が返ってきて、あとは訪問日を決めるだけになっていた。
そんな時、彗星の核が分裂したことで急激に光が増した、というニュースが流れた。ただでさえ綺麗な尾を引く彗星だ。加えて光が増したとなれば、いっそう美しい彗星となる。
それを聞いた一成はソワソワしていたし、このタイミングでそんなニュースが流れたのも何かの縁だ、と夏組は思った。
だから、急きょ夏組は「明日彗星を見に行こう」と訪問日を決定した。もっとも、天馬はロケで寮にいなかったので天馬の意見は聞いていない。
ただ、ロケ地が別荘に近いことは知っていたので無理な提案でないことはわかっていた。案の定、天馬はロケ先から直接別荘に行って用意はしといてやる、と答えたのだ。
「――そこまではわかるんだけどな。どうして警官がこんなところまで来たのかとか、密さんと千景さんがなんでいるのかとか、その辺が全然わからない」
天馬の記憶は、二つがきちんと整理されて脳内に収まっている。だけれど、その二つをどう探っても今日天馬が見舞われた事態への答えは見つからなかった。天馬の言葉に明るく答えたのは一成だった。
「テンテンは何も知らなくて当然っしょ。だって、オレたちだって詳しい話聞いたの、車の中だもん」
こういう時、何だかんだで一番要領を得た説明ができるのは一成だ。なので、夏組の誰もが一成に説明を任せるつもりらしかった。
一成はわずかばかりの沈黙を流して、記憶や事実を整理したらしい。口を開くと、事情を説明する。
「むっくんたち落ち着かせたのはいいんだけどさ、そしたらテンテンが一人で別荘にいるじゃん?って気づいたんだよねん。昨日までのテンテンなら、一人でも全然問題ないしオレらが来るの普通に待ってると思うんだけど、今日のテンテンって、オレが死んでるって記憶しか持ってないっしょ」
寮に残っている夏組から、記憶の話は聞いていた。今朝目覚めた時、彼らは一成が死んだ世界にいた。この一ヶ月は全てが色あせて、一成の不在を思い知るだけの日々だった。
一成の目を見て二つの記憶が自身の中に共存しても、その感覚は残っている。
一成と過ごした一ヶ月は嘘ではないし、ちゃんと覚えている。だけれど、感覚としては一成が死んだ一ヶ月を生きて、今日突然一成の生きている世界につながったような気持ちなのだという。
だからきっと、天馬も同じなのだと一成たちは察した。
むしろ、一成が生きている姿を見てもいないのだから、天馬にとって今日という日は一成のいない世界の続きだ。椋たちのように、一成の生きる世界に接続できたわけではない。
「だから、早く行ってオレ生きてるよって、大丈夫だよって言わなきゃって思って」
一成からすれば一ヶ月前――9月に電話を交わしたのは未来の天馬だ。
10月の天馬は一成がどれほど大切なのかを隠すことなく、真っ直ぐと心を傾けてくれた。一成がいないこと、天馬の前から消えてしまうこと。それら全てのたとえようもない悲しみを抱えていた。
電話からでもそれを察した一成は、自惚れだとしても思ったのだ。天馬に自分が生きているのだと、一刻も早く伝えなくちゃ。消えていないし、ちゃんと同じ世界に生きているのだと伝えなくちゃ。
「電話かけてたんだけど、テンテン全然つながんないし! もうこうなったら行くしかないっしょって、予定より結構早く車出してもらったんだよねん。あ、結局チカちょんに運転頼んだんだけど」
運転手を探した結果、ちょうど空いていたのは千景だけだった。千景は予定より早い出発に驚いてはいたものの、夏組の気迫もあいまってすぐに車を出してくれたのだ。
その間に天馬へ電話をかけていたけれど、話し中ばかりで通じることはなかったという。恐らく、過去の一成へ電話をかけ続けていたからだろうと察した。
「そんで、テンテンがガチでパニックになった時ってチカちょんどうにかできる?って聞いたら、応援要員でヒソヒソ連れてこって話になったんだよねん」
一成はあまり詳しく言わないけれど、寮に残っていた夏組メンバーは結構なパニックに陥ったらしい。死んだはずの一成が生きているのだから、それは仕方ないと天馬は思う。
なので、一成たちは天馬がパニックを起こすことを危惧して密に一緒に来てくれるよう頼んだという。事情を聞いた密は、すぐにうなずいて車に乗り込んでくれた。
「あとでめっちゃマシュマロ贈っちゃうけど、結果的にラッキーだったよねん。ヒソヒソいてくれて、マジ助かったもん」
しみじみ言う一成は、警官と対峙することになった事態を指しているのだろう。
確かに、夏組だけでは到底対処しきれなかったし、密がいてくれてよかったと言える。千景だけでどうにかなりそうな気配もあったけれど、適任がどちらかといえば恐らく密なのだろう。
「車の中で、左京さんから連絡来た時はマジでめっちゃびびったし!」
一成は明るく言うけれど、それは場の雰囲気が重くならないようにという配慮だ。
天馬のいる別荘へ向かう車中で、千景のスマートフォンに左京から連絡があった。運転中の千景は密に出るよう促して、密はその内容を千景へ伝えた。
千景は夏組のことを気にしていたようだけれど、密は淡々と「みんな知ってたほうが、たぶんいい」と答えたのだ。そして、ハテナマークを浮かべている夏組に向かって告げた。
一成を刺したあと、行方をくらまして逃走を続けていた警官の足取りが判明した。どうやら天馬のいる別荘へ向かっているらしい、と。
一成が刺された時点で、警官は通り魔事件の有力な容疑者になった。
一成との接点と言えばそれくらいだったし、刺される前の言動から一成が目撃した通り魔事件について詳しく聞きたがり、何か写真を撮っていたのではないかと、執拗にスマートフォンを見せるよう迫っていたことからも、容疑者となるのは必然だった。
逃走したまま行方がわからない、という話は聞いていた。
事件後しばらくは、寮周辺を物々しい雰囲気の警官が張り込んでいたし、カンパニーメンバーもなるべく外出しないよう、するとしても一人にならないようにと気をつけてはいた。
ただ、犯人である警官が現れる気配もなかったし、少しずついつもの生活に戻りつつあったのだ。だからこそ、気晴らしも兼ねて彗星を見に行こうと計画を立てた。
その車中でもたらされたのが、犯人が天馬の別荘へ向かったらしい、という情報だった。どこから入手したのか、いち早くそれを知った左京は千景へ連絡を取ったのだ。
「何かさ、オレとかテンテンとかのこと逆恨みしてるかもって。でも、オレは寮から全然出ないから何もできないけど、テンテン有名人だから目撃情報すぐ出るじゃん。どこにいるかとか、すぐ把握できちゃうんだよねん」
逃亡した警官が使っていた車両が乗り捨てられていたのは、天馬の別荘近くの森だった。
一成や天馬を逆恨みした警官が、どちらかを襲おうと思っていたとしたら、森の中の洋館はシチュエーションとして持って来いだろう。
「テンテンが危ないって電話掛けても全然つながんないし、それじゃっていがっちに電話したら管理人さんと買い出しに行ってるって言われちゃって」
夏組が来ることが急きょ決定し、何かと物入りになったため、井川と管理人夫婦は朝から買い出しに出かけたという。付近の店では足りないだろうと、遠出するために早くから出発したらしい。
天馬は昨日の撮影の疲れで眠っているだろうからと何も言わずに出てきたと聞かされて、車内の全員が顔を青くした。天馬は今、洋館に一人きりだ。警官からすれば、これほどの好機はない。
「早く帰ってってお願いしたんだけど、オレたちのほうがここには近いくらいだったんだよねん」
不幸中の幸いは、予定より早く出発したことで、買い出しに出かけた井川たちよりも、一成たちのほうが別荘に近い場所にいたことだ。
つまり、天馬のところへ向かうのは自分たちが適任なのだと、夏組と千景・密は理解した。
「全然つながんないけど、タイミング見て電話は掛けてたんだよん。そしたら、ようやくテンテンとつながって、よかったって思ったんだけどテンテンばっちり襲われてるじゃん。マジで生きた心地しなかったし!」
軽い口調ではあるけれど、一成の目は痛みをこらえるような色を流していた。自身が犯人に襲われた時のことを思い出している、というよりも、天馬の身に降りかかった事実に心を痛めているのだろうと思った。
もしかしたら、己の無力さを思い知っているのかもしれない。もう少し早く連絡ができたら、襲われることもなかったのに、と。
ただ、天馬は思っている。あの着信は、確かに天馬のピンチを助けた。着信音が鳴って、意識がそれた瞬間を狙って天馬は拘束から抜け出したのだから。
天馬は無意識の内に自分の首元をさすった。あの着信がなければ、もしかしたら逃げ出すことはできなかったかもしれない。
「めちゃめちゃピンチだったから、チカちょんすげー頑張ってくれたんだよねん。5分以上かかりそうってとこ、飛ばしまくって3分で着くって言ってくれたんだよん」
事態を把握した千景と密は、滞在の記憶を持っている夏組から洋館の間取りを聞いて、すぐさま頭に叩き込む。
二階に向かったという情報と、木を伝ってバルコニーに降りられるという三角の言葉で、侵入経路を定める。
つなげたままの電話から天馬の一人芝居が流れ始めた時点で、3分のカウントダウンが始まった。それからのことは、天馬も知っている通りだ。
「――なるほどな」
しみじみとした口調で、天馬はつぶやく。
二つの記憶のうち、どちらもこの洋館へ向かうという事実は同じだった。奇妙なところで整合性を取ろうとする力が働こうとしているのかもしれない。
ただ、大まかな事実は同じでも、詳細部分はずいぶん違う。
警官が天馬を狙って洋館に現れるというのは、恐らく一成が助かった現在だけで起こり得るのだろう。一成が死んでしまった過去では、犯人として目されてはいないのだから逃走する必要もないし、天馬を襲う理由もないのだ。
千景が運転手という点はどちらも同じかもしれない。ただ、密は同乗していなかったかもしれないし、出発する時刻も違えば急いで車を飛ばすということもなかっただろう。
少しずつ、二つの事態は何かが変わっているはずだ。
とても近い場所にあるけれど、交わることのない道のような。似た形をしていても、まるで同じ形になることはないような。確かに存在していた過去はどちらも共存しながら、独立した形を保っている。
それは奇妙な感覚だった。
本来なら、二つの過去なんて有り得るはずがない。それなのに、どちらも自分の記憶であることだけは間違いないと天馬にははっきりと言えた。
常識で考えれば到底起こり得ることのない事態に、今まで散々直面してきたということもある。だけれど、何よりも己自身の心が間違いなく叫ぶのだ。
この記憶は、自分の感じてきた何もかもは、どちらの過去も全ては、皇天馬の歩んだ軌跡であると。
恐らくそれは、他の夏組も同様なのだろうと天馬は理解している。荒唐無稽で馬鹿げた話だ。それでも、どんなに起こり得るはずのない出来事だって、きっと彼らは信じるのだ。
たとえ、説明がつかなくたって、奇妙なことだったとしても、6人がそろっている未来がここにあるのならば。ここまで辿った道、二つ分だって丸ごと抱えて進んでいくのだ。
有り得なくても、おかしな話でも、今までの全部を抱えて、何もかもを食らって未来まで進むのだ。
全員一緒に、どんなに馬鹿げた話でも、どんなに辛くて苦しい過去だって、あらゆる全てを抱きしめてどこまでだって駆け上がる。それが自分たち夏組なのだから。
「てんま、元気になった~?」
いつの間にか近づいてきていた三角が、天馬の顔をのぞきこむようにして言った。しげしげ顔を眺めると、ぱっと笑った。
「ちゃんとサンカク!」
「どういう意味なわけ、それ」
「えっと、たぶん大丈夫って意味じゃないかな……?」
「すみーさんのサンカク判定だもんね!」
嬉しそうな三角の言葉に幸が突っ込む。椋と九門が続いてわいわいと言い合っているのは、天馬が落ち着きを取り戻した、という旨の話だ。
一成が生きていたことや、今ここに至るまでの経緯を飲み込んだということを察したのだろう。
「オレたち、ちょっと千景さんのところ行ってくるね!」
一通り騒いだあと、九門が明るい笑顔で告げる。そういえば、自分たちが警官を連れていくと言っていたけれど結局どうなったのかを天馬はよく知らない。
「管理人さんたちも戻ってくるかもしれないし……」
「お手伝いもしなくちゃ~」
椋と三角が、井川さんや管理人さんと連絡を取らないと、と言い合っている。ただ、その辺りは千景たちがすでに行っているのではないか、と思っていると幸が口を開いた。
「――ってわけだからポンコツのことはよろしくね、一成」
淡々としたいつも通りの口調。告げられた一成は「りょっす」と明るいし、何てことのない日常会話のようだった。だけれど、裏側に潜むのが彼らなりの気遣いであることに天馬は気づいている。
ぞろぞろと連れだって、夏組が部屋を出ていく。一成は「またあとでねん」とひらひら手を振っていて、天馬も同じように言葉を掛けた。夏組は何だか嬉しそうに笑っている。