一億光年の恋 29話
部屋に残されたのは、天馬と一成の二人だけだ。さっきまで夏組がいたので、何だかやけに部屋が静かに思える。
天馬は何か口を開こうとするけれど、その前に一成が動いた。立ち上がると、バルコニーのほうへ歩いていく。
「マジで森の中なんだねん。めっちゃ気持ちいいじゃん」
大きく深呼吸をする一成の髪の毛を、ゆるやかに流れる風が揺らした。
気持ちよさそうに目を細める横顔。薄い胸が上下して、確かに呼吸をしていることを伝える。ベッドに座ったままその姿を眺める天馬は、その様子をじっと見つめる。生きている。確かにここに、生きているのだ。
「――テンテン、見すぎじゃね?」
振り返った一成が、照れくさそうに言う。確かに不躾に見すぎたかもしれない、と思って謝罪の言葉を口にしようとする。
しかし、声が形になることはなかった。天馬を見つめる一成の瞳が、あまりにもやさしくて、あふれでるような光をたたえていたから。思わず口をつぐむと、一成が笑った。
「なんちゃって。確かに結構照れるけど、でも別にいいよ。テンテン的に、オレが生きてるの不思議っしょ」
何てことのない顔で言う一成は、自分が死んだ過去を当然のように受け入れていた。
目の前の一成に「自分が死んだ」という記憶は当然ない。そんな記憶はなくてよかったから、天馬にとっては嬉しいことだけれど、一成からすれば疑いを持ってもおかしくはない事態でもある。
夏組が自分をからかっているとは到底思っていないだろうけれど、少しくらいは不思議に思っても当然なのに一成はそうしない。
「寮でも結構大変だったんだけど、車の中でいっぱい話してたらみんな落ち着いてきたからさ。テンテンともいっぱい話して、オレが生きてるってことプレゼンしなきゃって思って! だから、カズナリミヨシのことたくさん見てておけまるだよん!」
あくまでも軽い口調で一成は言うけれど、これは一成のやさしさで夏組の気遣いだ。
夏組は比較的、天馬より落ち着いて一成の存在を受け入れている。それは、寮からここへ到着するまでの車中で、ある程度一成との時間を過ごしたからなのだろう。
一成が生きていること。確かに呼吸をして、心臓を動かして、今ここにいてくれること。
そういうものを心に落とすまでは、それなりの時間が必要だと恐らく夏組は判断した。だから、一成と天馬を二人きりにする時間を設けたのだろうと思った。
一成が生きているのだと、何度でも確かめる時間。自分たちはその時間をちゃんと取れたけれど、天馬にはまだ足りない。だからこそのこの時間だ。
天馬はじっと一成へ視線を向けた。外の明るさを背中に背負って、一成が立っている。画面越しではなく、確かに自分の目の前にいる。
風に揺れる髪の毛。またたく睫毛。光の入った瞳。わずかに上気した頬。笑みを浮かべる唇。上下する胸。細い手足。長い指先。天馬を見つめる、やさしいまなざし。
「――その、元気だったか」
何を言えばいいかわからなくて、口をついて出てきたのはそんな言葉だった。一成は一瞬呆気に取られたような顔をしたものの、笑みを弾けさせると答えた。
「ちょっと刺されたけどねん! 今はめっちゃ元気だよん!」
「……悪い」
元気だったかなんて、刺された人間に言う台詞ではない。気の利いた言葉の言えない自分が嫌になっていると、一成がゆっくり近づいてきた。
ベッドに座る天馬の前にしゃがみこむ。天馬を見上げると、やわらかく告げる。
「本当にさ、オレ今めちゃくちゃ元気だから心配しないでねん」
一成の言葉が嘘ではないことを、天馬は知っている。入院中に見舞いに行けば驚くくらいに元気だったし、退院してからも一成はいつも通りだった。
実際、怪我の治りは順調だったし不調な姿を見たことはなかった。夏組は徹底的に一成に対して過保護だったので、夏組の目を誤魔化すことは不可能だ。
「むしろ、入院生活中めっちゃ規則正しかったから逆に元気になっちゃった的な?」
「お前は普段が不規則すぎるんだよ……」
思わずこぼすと「それはたかし~」と一成が笑う。入院中は必然的に規則正しい生活を送らざるを得ないし、退院してから以降もカンパニー全員の監視の目が光っていたのだ。
不規則な生活を絶対に許さないという決意がみなぎっていたので、一成は現在進行形で相当健康的な生活を送っている。
それ自体は喜ばしいことだけれど、きっかけは入院生活だ。わかっているからこそ、天馬の顔は苦いものになる。
「本当なら、怪我だってさせたくなかった。悪い」
ぼそり、と天馬は言葉を落とす。一成が死ぬ未来を回避したかった。結果としてそれは叶えられたけれど、そもそも怪我すらさせたくなかったのに。何一つ、傷つけたくなかったのに。
一成は天馬の言葉に、大きく目をまたたかせた。それからすぐに浮かんだ笑みは、頑是ない子どもを見るような表情だった。困っていて、だけれど同時に愛おしさを知っている。
「――テンテンが謝ることなんてさ、一つだってないよ」
心から一成が言っていることはわかっている。入院中も退院してからも、一成は何度も言ってくれたから本当にそう思っていることは知っている。
だけれど同時に一成は、謝りたいと思う天馬のことも理解している。だから一成は、天馬の謝罪を何度も聞いてくれる。その度に、「テンテンのせいじゃないよ」とやさしく返すのだ。
それでいて、重苦しい雰囲気にしたくないとも思っているのだ。一成はさっと立ち上がると、天馬の隣に腰を下ろす。それから、雰囲気を変えて口を開いた。
「てか、オレ的にはテンテンが全然電話かけてくれなかったことのほうがショックだったんだけど!」
わざと不貞腐れるような顔をした一成が、天馬に向かって言葉を投げる。責めるような口調ではあるけれど、冗談の響きで発せられていることは天馬にもわかった。面白そうな表情で続ける。
「9月19日、めっちゃ待ってたのに全然電話来ないし、それから一回もかかってこないから、マジでオレの幻覚だったのかな?って考えちゃったじゃん」
一ヶ月前の日付が示す意味を、天馬は正しく理解している。本来なら一成が死ぬはずだった日。天馬からすれば今日の夜、一成に電話をするはずだった。
だけれど今日の夜、天馬が一成に電話をかけることはできない。これから先も恐らく、一ヶ月前の一成に電話をかけることはできない。時計は壊れてしまったのだから。
「何か事情あるんだろうなって思ってたけどさ。時計壊れちゃったんだね」
目を伏せた一成が、それまでの雰囲気を一変させて言った。痛ましげな声だった。
洋館を訪れた夏組は、小部屋の窓が破られていることから部屋の様子を確認し、斧の突き刺さった時計を目にした。到底動くとは思えない様子に、一成は理解したのだ。
一ヶ月前、どれだけ待っても電話がかかってこなかった理由。この時計が過去とつながるためのアイテムだったのだ。それが壊れてしまっては、きっともう電話はつながらない。
一成の言葉に、天馬は「ああ」と言葉を落とした。時計は壊れてしまった。だから電話はつながらないだろうと思った。
だけれど、今改めて一成から「電話がずっとかかってこなかった」という事実を知らされると、本当に過去の一成と時間がつながることはないのだと思い知らされる。
「何も言わないまま電話できなくなって悪い。待ってただろ」
「マジそれな! ……なんて、仕方ないじゃん。テンテンだって、電話できるならちゃんとしてくれたっしょ」
「当たり前だろ」
きっぱり告げると、「うん、知ってる」と一成が笑った。それから一成は、落ち着いた口調でこの一ヶ月のことを語った。
一成にとっての9月19日、いくら待っても天馬から電話はかかってこなかった。何か事情があったのかも、用事だってあるだろうし、と思いながらその日を過ごし、翌日も電話を待った。
しかし、いくら待っても10月の天馬からの着信が鳴ることはなかったのだ。
通り魔事件を目撃してしまったと、混乱のまま伝えることしかできなかった。だからきっと天馬を不安にさせてしまったはずだ。落ち着いた状態でもう一度話したかった。
それに、事件の起きた19日を無事に過ごすことはできたのだと伝えたかった。そうすれば、きっと天馬を少しは安心させることができる。
しかし、それは叶わない。もしかしたら、何事もなく19日を終えてしまえばそれで役目は終わりなのかもしれない。事件の日を通り過ぎれば、もう未来の夏組と電話はつながらない。
そういうことなのかもしれない、なんて一成は思っていた。
「当たり前だけど、9月のテンテンたちは10月のこと全然知らないじゃん。だから、オレだけしか持ってないならちゃんと覚えておかなきゃな~って思ってたんだよねん」
2週間と少しだけつながった、未来の夏組との電話。まるで夢みたいな出来事だ。きっとこれは、人生の内に訪れたささやかな奇跡で、一成が忘れてしまえばなかったことになってしまうのだろう。
電話越しに交わした会話や、夏組みんなで一日過ごしたこと。せめて自分だけは持っていなければ、何もかもが泡みたいに消えてしまう。
だからちゃんと覚えておこうと思っていたけれど、一成にとってそれは自分だけの宝箱に仕舞っておく記憶に分類されていた。
「結局オレが刺されたりとかでドタバタしてたし、10月のテンテンたちのことは覚えてたけど、何かいい思い出だな~みたいな感じでさ」
忘れることはないし、未来の彼らと過ごした日々は一成にとって大切な記憶だ。だけれど、少しずつ遠くなっていく。
今ここを生きる一成と、未来の夏組との距離は隔たっていく。きっとこのまま、時々取り出して思い出すだけの、そういう記憶になっていくのだろうと思っていた。
「10月入った時は、ちょっと期待してたんだよねん。もしかして、あの時のこと思い出したりするかもって。全然そんなことなかったし、まあそれもそうかな~って思ってたけど」
10月という日付が何らかの契機になって、電話を交わした夏組と重なる何かを呼び起こすかもしれない、とほのかに一成は思っていた。
しかし、そんな気配は微塵もなくて、今一緒にいる夏組と未来の夏組は別の存在なんだな、と思うしかなかった。
「そしたら、今日いきなりむっくんが思い出すじゃん!? マジでびびった!」
椋たちも相当パニックになっていたけれど、一成も当然混乱した。
だって今までの彼らは一成が死んだ過去など何一つ知らなかった。そうして笑ってくれることが嬉しかったし、幸せだと思っていた。それなのに、今朝顔を合わせた椋は一成の死んだ世界を生きていたのだ。
「みんなが悲しい思いをするのは嫌だけどさ。でも、ちょっとだけ――本当にちょっとだけ、オレの大切な夏組はどっちも同じだったんだなって、ちょっとほっとしちゃった」
一成の中には、二つの夏組が存在していた。今を共に生きる夏組と、電話を交わした未来の夏組。
どちらも大切で笑ってほしくて、幸せでいてほしかった。だけれどきっと二つは別々の存在だと思っていた。それでも構わなかったし、どちらも大切にしようと思った。
だけれど、突如として椋と未来の夏組が重なった時に思ったのだ。寮にいる夏組が二つの記憶を持っているのだとわかった時、一成は思ったのだ。
どっちもオレの大切な夏組だ。二つはばらばらなんかじゃない。ここに一緒にある。丸ごと全部抱きしめて大事にしていい。
その事実にほっとした、と告げる一成は何だか申し訳なさそうな顔をしている。
恐らく、一成が死んだ過去を夏組が思い出すのは、ひどい傷を抱える行為だと理解しているからだ。それなのに、思い出したことにほっとしてしまった。
二つの記憶を持つ夏組を、大事だと、大切だと、胸にうずまく愛おしさを抱きしめてしまった。それをまるで罪のように感じている。
天馬はとっさに、一成へ手を伸ばした。隣に座る一成。ベッドの上に投げ出された左手に触れる。手のひらで包み込んで、ぎゅっと握った。温みが伝わる。一成がびっくりしたように目をまたたかせた。
罪悪感を覚えるみたいな表情。申し訳ないと、何か罪を犯したみたいに告げる。漂う雰囲気が弱々しくて、今にも消えてしまうんじゃないかと思ったのだ。
だから、ここにいるのだと確かめたくて手を伸ばした。確かに触れる温みに、天馬はほっと息を吐く。
「えっと、でもさ、マジでびっくりだよねん! いきなり思い出すとか、何かきっかけあったのかな?」
わざとらしいくらい明るい声で、一成が言う。突然天馬に手を握られたことに驚いているのか、戸惑いを掻き消すような素振りだ。
ただ、嫌がっているわけではないようだったので、天馬はつないだ手をそのままに答える。
「全然検討つかないけどな。でも、オレは――いや、あいつらも思い出せてよかったって思ってるし、彗星見に行く日でよかった。お前との約束をちゃんと叶えられる」
天馬は覚えている。一成が刺されたあの時に彗星を見に行こうと約束した。だけれど、それよりもっと前、花火をしながら約束していたのだ。
夏組みんなで彗星を見ようと。秋には全員で天体観測をしようと。言っていたのに、一成が死んでしまった。永遠に叶わない約束のはずだった。
「――うん。テンテンたち、オレのこと気にして彗星見ないんだもん」
小さく笑みをこぼした一成が言うのは、海辺の街で過ごした際に一晩中電話をした日のことだ。
彗星を見たか、という問いに残された夏組はうなずけなかった。6人で交わした約束を、5人だけで叶えるのは一成を蔑ろにするように思えてとてもできなかった。
「変な感じだねん。あの時の、未来のテンテンたちと話したこと、今のテンテンに言ってるなんて」
くすぐったそうな声だ。今日までの一成は、未来の夏組との思い出を誰にも言ってこなかった。誰一人覚えてはいないのだからそれも当然だ。
だけれど今、一成は2週間の間に交わした会話を口にすることができる。
今目の前にいる天馬は、一成を助けて今日までを生きているのと同時に、一成の死を回避しようと懸命に働きかけてくれた未来の天馬でもあるのだから。
天馬はその言葉に、一成の左手を握る手に力を込めた。一成が少し首をかしげたあと、同じように握り返してくれた。その事実に、ぶわりと胸に広がるものがある。
あの時、彗星を見たかと尋ねたのは過去を生きる一成だった。
画面越しを生きる9月の一成。まるで目の前にいるみたいなのに、同じ時間を生きてはくれない。手を伸ばしても触れることはできない。遠く、遠くの過去に生きている人。
その輝きは確かにここまで届くのに、同じ時間を分かち合うことはできない。
だけれど今、目の前に一成はいる。握りしめた温もりが、握り返される強さが、何よりも教えてくれる。
「一成」
名前を呼んだ天馬は、一成の右手を取った。両手を握る形になり、一成は不思議そうな表情を浮かべるけれどそれだけだ。
緑色の目が真っ直ぐと天馬を見つめていて、なんて綺麗なんだろうと思う。それら全てが、確かに目の前にあるのだと、天馬は噛み締めながら握った両手に力を込める。
「どしたの、テンテン」
やわらかく紡いだ声とともに、ふわりと一成が笑う。天馬の胸がどうしようもなく騒いでいる。
どんな距離も隔てずに届いた笑顔。鼓膜を震わせる声。握りしめた手の、少し骨ばった感触。手のひらにあふれる温み。
生きている。遠い過去ではない。今、ここで生きる天馬と同じ時間に、鼓動を刻んで呼吸を繰り返して一成が生きている。
同じ時間を分かち合える。同じ場所で、同じ世界で、共に時間を重ねて、これから先の未来まで一緒に生きていける。過去の光を今見ているんじゃない。
それなら。今ここで、心臓を動かしているなら。今ここで、オレと同じ世界を一成が生きているなら。それなら言える。いくらだって言える。
天馬は深呼吸をした。きらきらした緑色の目を真っ直ぐ見つめる。両手を握り締めて、温もりを感じながら、あふれる心が声になる。
「一成、お前が好きだ」
好きだと言えばよかった。棺の中で眠る一成に思ったことを覚えている。
気づいた時には何もかもが遅すぎて、どれだけ特別なのか伝えることすらできなかった。だけれど、今目の前に一成は生きている。それなら、いくらでもこの心を取り出して告げるのだ。
一成は天馬の言葉に、笑顔のまま動きを止めた。天馬の言葉が頭に染み込まないのか、それとも友情としての好意を今向けられているのか、考えているのかもしれない。
それなら、と天馬は口を開く。いくらだって言ってやる。何回だって、呆れるくらいに言ってやると決めたのだ。
「お前が特別なんだ。世界中で誰かたった一人を選べって言われたら、オレは一成を選ぶ。笑っているところが好きだ。オレを大切にしてくれることが嬉しい。お前に隣にいてほしい。一成はずっと、オレの特別だ」
熱を込めた瞳で一成を見つめて天馬は言う。握り締めた手から伝わる温みを感じながら、心の全てを取り出すように切々と言葉を形作る。一成の笑顔が、ぎこちなく溶けていく。
「いなくなってから気づくなんて馬鹿げてると思う。だけど、お前がいなくなって思い知った。お前は絶対オレの隣にいてくれるって疑いもなく信じてたし、そうじゃない未来なんて嫌なんだ」
一成はもう笑っていなかった。綺麗な瞳が戸惑うように揺れている。だけれど、そこに拒絶がないことを確認して天馬は言葉を続けた。いくらだって言いたい。何度だって言いたい。
「お前には、いつでもオレの隣にいてほしい。名前を呼んだら答えてほしい。何度でもオレの名前を呼んでほしい。お前が困ってるなら、ピンチなら、一番に助けに走るのはオレがいい。お前の一番になりたい」
真っ直ぐと、心の全てと宿る熱を形にして一成へ伝える。真正面から向き合って、何もかもを全部一成へ差し出す。心を全部、余すところなく全部、一成にあげたかった。
隣にいてほしい。一番に守りたい。願いを叶えたい。ずっと笑っていてほしい。何もかもから守りたい。
「お前にあげられるものなら、何だってやりたい。オレの隣でずっと笑ってほしい。お前が大切だ。二度と失いたくない。お前を一番大事にしたい」
一つとして嘘のない言葉を、天馬は一成へと紡ぐ。
誓いを懸ける真摯さで、心の全てを捧げる情熱で届けられる言葉を一成が理解できないはずがなかった。天馬の言葉が重なっていくにつれ、一成の顔があざやかな赤で彩られていく。
「テンテン……」
真っ赤になりながら天馬に手を握られている一成は、どうにかそれだけ言った。一成が天馬の本気を理解していることは充分伝わった。だからこそ、天馬は口を開く。
この世界の綺麗なものを集めて、一成に贈りたい。幸せにしてやりたい。オレの隣でずっと笑ってほしい。そのためなら何だってできる気がするんだ。
それは全て、たった一つの心から出発していると知っている。
「一成が好きだ」
両手を握って、きらきらとした目を見つめて、天馬は告げる。一成はと言えば、真っ赤な顔をしたまま固まっている。
天馬のことを真っ直ぐ見つめて、緑色の目を揺らめかせて、一体どうしたらいいのかと戸惑っていることだけは伝わった。
一成が天馬に好意を持っていることは知っている。今までの言動から疑う余地はない。
だけれどきっと、それはあくまで夏組としてのもので、天馬が持つものとは別の意味なのだろう。だから、一体どんな風に答えたらいいのかと戸惑っている。
「別に今すぐ返事しろとは言わない」
一成を困らせたいわけではないので、天馬はそう言う。同じ気持ちを返してほしいと望んではいるけれど、一成に負担を強いることは本意ではないのだ。ただ、握った手を離さないままで天馬は口を開く。
「だけど一つだけ答えろ。イエスかノーでいい。一成はオレが嫌いか?」
好かれているのはわかっていた。いつだって一成は、天馬への好意を隠しもせずに接してくれていたし、大切にされていることも知っている。
だけれど、一成の気持ちを本人の言葉で教えてほしかったのだ。これくらいのワガママは許してほしい、と思って告げると、ようやく言葉を取り戻したらしい一成が言う。
「……その質問はずるくない?」
唇を尖らせた一成に、天馬は小さく笑った。確かにずるい質問だとは思う。だって天馬は、一成の答えなんてとっくに知っている。それでも、本人からもう一度言ってもらいたくてこの質問をしたのだから。
一成は一つ息を吐き出した。呆れるような、困ったなぁ、という表情でへにゃりと眉を下げて答える。
「ノーに決まってるじゃん」
肩をすくめて、一成は言った。仕方ないから観念した、みたいな表情を浮かべているけれど、紡がれる声はやわらかい。
何かとても大事なものを、そっと守ろうとするような。やわやわと鼓膜を撫でるような響きに、天馬は力強い笑みを浮かべる。
同じ意味の「好き」ではないとしても、確かにその心に自分への好意があるのだと、本人の言葉で聞いたのだ。それなら充分だ。
「ならいい。絶対お前を振り向かせるから覚悟しろ」
両手を決して離さず、緑色の目を真っ直ぐ見つめて、きっぱりと天馬は宣言する。胸には揺るぎのない意志が、力強い炎になって灯っている。
一成が生きているなら、ここで同じ時間を生きてるなら何回だって好きだと言ってやる。お前が生きているなら、諦める理由なんか一つもない。
天馬の決意を、一成は敏感に察したのだろう。心底困った顔で「テンテンの本気とかやばたん……」とつぶやいている。